血迷ったサンメリの記事を懸命に支援するM女史、敵の敵というだけで手を組んでいます。 | 天才伊藤浩士先生の末の世の憂鬱ブログ

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 サンメリが自分の故郷ではアワビやウニや松茸がたくさん採れるのだと自慢したので、山の持ち主や漁協に無断で採ってくるのは泥棒だと指摘したら、サンメリが「おすそわけ」というものがあると言い出しました。

 そうしたらM女史が、「おすそわけ」「もらいもの」「お付き合い」というものがある、そんなことも知らずに泥棒だと思い込む私は、あまりにも世間知らずだという記事を書いています。

 普通の市民生活をしていれば分かりますが、お付き合いのおすそわけで回ってくるもらいものは、どんな場合でも必ず安いものです。ミカンやリンゴは今年もそれで貰っていますが、松茸やウニやアワビは何十年生きていても貰ったことがありません。松茸やウニやアワビを貰うとしたら、「おすそわけ」ではなく、袖の下ということになるのが世の中の常識というものです、人の世は裾と袖とでは大違いなのです。

 M女史はI県の海岸の町であれば、「おすそわけ」「もらいもの」「お付き合い」で松茸やアワビやウニが回ってくると思っているのでしょうかね、そちらの方が、今でも米農家が大票田だと思っているのと同じくらいの世間知らずです。

 松茸なんて、車で仙台へ行って路上販売をやっても良い値段で売れて行きます、それを「おすそわけ」で近所に配るものかどうか、経済が少し分かっている人であれば誰でも気が付きます。

 夫が釣に行ったら蝦蛄が釣れ過ぎた、庭のミカンが成り過ぎた、市へ出せない曲がったキュウリだけど、「おすそわけ」が発生するのはそういう食品です。

 それにしても、M女史の農業への無知を指摘したらサンメリが懸命になって、稲作が大変であるという記事を自身の実体験ではなく、ネットから拾った材料で記事を書いてM女史を応援する、サンメリが「おすそわけ」で松茸やウニやアワビが回ってくるという記事を書けば、M女史が「おすそわけ」「もらいもの」「お付き合い」は当たり前だ、知らない私は世間知らずという記事を書いてサンメリを応援する。

 以前にM女史は私に対して、ネトウヨと争ってはいけないと言ってきました、今は私のことをネトウヨと同じと言いながら執拗に中傷の記事を書いています、M女史は10月22日に「敵の敵というだけで、手を結んではいけないのは、当たり前」と題する記事を書いていますが、今のサンメリとの露骨な共同戦線はいったいなんなのでしょう。

 どこまで行っても徹底して、人に対してやってはいけないと言ったことも、自身は別だからやっても良いという、二重基準の塊の身勝手の極みのような人格が露骨に出ています。周囲からこの身勝手さになにか言われることもなく、半世紀以上に渡ってこれで押し通してこれた、思いの儘の人生を過ごしてこられたものと思います。


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