50年前近く前にもネトウヨと同じ差別意識を持った日本人は大勢いた。その1、 | 天才伊藤浩士先生の末の世の憂鬱ブログ

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 ネトウヨが登場したのは長めに見積もってもここ二十年くらいのことですが、ネトウヨ的な発想はずっと昔からありました。

 私の子どものころに周辺にいた大人たち、親、親族、地域の人、教員といった人たちの、何割かはネトウヨと酷似した価値観で世の中のことを論じていました。

 南京大虐殺に関しては、1972年の日中国交回復後に、中国から改めて日中戦争中の日本軍の戦争犯罪行為に関しての発信があり、そのなかでも南京大虐殺は大きく取り上げられたのですが、その人たちのなかのある人は、その時代に生きていたにも関わらず南京大虐殺を知りませんでした。

 自分は戦争中に生きていたのだから戦争のことは全部知っていると日頃言っていたにも関わらず、南京大虐殺に限らず、百人斬り競争も、731部隊の人体実験も、三光作戦も知らなかったのです。百人斬り競争などは、当時の新聞が囃し立てた日本の軍人の勇敢さを美化したものなので、新聞で読んで知っていても良さそうなものでしたが知りませんでした。

 南京大虐殺に関するニュースを見たらしく、「チャ〇〇ロ」なんかたーけだでええがや、こういうとろいことをテレビはやっとるでだちかんのだわー」と言っていました。

 南京大虐殺がどのような事件であったかを全く知らないまま、テレビがこの件に触れたら、南京で日本軍がという言葉だけを耳にして、そのように言ったのです。事件の内容を一切知らないまま、南京、日本軍という言葉を聞いただけで、中国人もマスコミを一言のもとに否定して批判する態度は、まさしくネトウヨであり、ネット的な意味での日本人の典型でした。

 その言葉を聞いていた私が、「どうしてたーけだとええことになるのか、戦争犯罪をテレビが取り上げることのどこがいけないのか」と訪ねると、ある人は、「そんなにチャ〇〇ロがええなら、チャ〇〇ロになってくりゃええがやぁー」と返しました。

 中国人になってくれば良いと言われても、その時点で私が、中国国籍を取得できるような状況は皆無でしたから、「なれと言われてもそんなこと無理だ」と私が言うと、「なるかいしょもにゃーもんが、偉そうなことをこいとるなぁー」と言われて、議論はここで私の負けになってしましました。

 自分はなにもせず、テレビで伝えている内容を知る努力すらせず、一言のもとに否定して、その意味を尋ねて来る者に対しては、無理なことを要求して議論の勝ちを取りに行く手法は実によく似ています。

 50年近く前でもこの種の日本人は多数派ではないにしても大勢いました、ネトウヨが日本人の新種なのではなく、むしろ本質的な日本人の在り方に沿った言動をしているのではないかと思えます。

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