建武の元号は、後醍醐天皇によって1336年2月29日に延元と改元されていますが、足利尊氏発給文書はその後も建武を使い続け、1338年8月28日に光明天皇によって暦応に改元されるまで使用されています。

 足利尊氏が延元を使用せず建武を使い続けたのは、その時点で後醍醐天皇の政権を認めなかったからであり、つまりは謀反です。

 薩長政府が明治と改元したあとでも、奥羽越列藩同盟議政府は慶応を使い続けていました。輪王寺宮公現法親王を東武天皇として擁立する際には、新元号も大政というものを用意していたと伝わっています。

 新元号は知った時点から直ちに使用するべきものであり、改元を知ったうえであえて旧元号を使い続けるのは、改元した政府を認めないことであって、古例に従えば謀反ということになります。

 政府は税金や社会保障などに関して、改元後も平成を使い続けることを認めるという方針を出しました。それらのシステムは民間の金融機関とも複雑に繋がっていて、平成から変えてしまうと納税や年期支給に支障がでるというのです。

 元号が今後短期間で変わるようなことがあると、システム上はずっと平成で行ってしまえということになるかも知れません。

 改元という仕組みが、コンピューターであらゆる情報を統一管理するようになった今の社会に会っていないということなのです。

 改元を知ればすぐに新元号を使う、使わないのは謀反であるという原則を政府自ら否定しなくてはならないという現実は、元号を止める時期に来ていることを表していると思います。

 ネトウヨは、徳仁親王に対して、尿漏れ、かつら、ケツ2、妻が創価などといった悪口雑言を浴びせていますが、のちのち徳仁天皇の諡号になる予定の新元号を使うのでしょうか、使えば即位を認めたことになりますが、新元号に対してのネトウヨの対応は注目に値すると思います。
 
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