今日は朝から出かけていて、ブログの更新がすっかり遅くなりました。

 講演会だったのですが、今日は午後の講演の前に呼んでいただいた会の幹部の人たちとの間に、料亭で床柱を背にしての懇親会があって、駅にはお迎えの車が来ていて、アゴ、アシ付きの講演で、私などの話を聞いていただき、本当に有り難い勿体ないような仕事でした。

 今日の記事になりますが、「現実主義者」さんが岐阜の鯖先生のブログにいろいろと書き込んでおられて、鯖先生の取り巻きからあれこれ言われています。

 大人のやることですから、どこへ書き込んでも何を言ってもこれは本人の自由であり、同時に本人の責任でもあります。私には関係のない出来事であり、私はなにかコメントを付けるような立場ではありませんが、鯖先生の取り巻きとは考え方が違うのでそのことだけ触れておきたいと思います。

 「現実主義者」さんに対して、資格を取ってみれば良いとか、祖父や親の方が早く亡くなるのだからこだわっても損だとか、そんなことを言っていますが、それはある意味では世間の常識的な反応ではないかと思います。

 気を取り直して生きていく、損得で人生を考えるという点からすれば、そのような意見は間違っていないと思いますが、人の生き方はそれだけではないと私は考えます。

 資格を取って、自分はこんな資格を取ったのだから決して学歴社会の負け組ではないと自分に言い聞かせるのは、「現実主義者」さんが嫌っている気休めそのものでしょう。

 自分が学歴社会の負け組であり、いじめの加害者からもバカにされて底辺で泣きながら生きていくしかないと思って、そのような社会や家族を恨むのであれば、生涯それを続けて行けば良いと思います。

 生涯をかけて恨みぬいたところから、なにかを見つけ出すこともあるでしょう。そういう生き方が大愚なのか大悟なのか、生きてみなければ分からないのではないかと思いますが、本人が大嫌いな気休めのなかで自分をごまかして生きていくよりはマシなのではないのかと思うのです。


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