天才伊藤浩士先生の末の世の憂鬱ブログ

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 昨日の続きです、パチンコを発明したのは日本人の正村竹一氏であり、朝鮮発祥の遊戯ではなく、日本人の発明品なのですが、ネトウヨのパチンコに対する認識はここから違っています。

 正村氏が正村ゲージのパチンコ台の販売を始めたころは、温泉街の場末で射的や輪投げなどと一緒に小屋掛けで営業していました。儲かる商売でもなく、公務員や大企業の社員になる権利もあれば、農地解放の対象になって自作農として営農できるようになった日本人にとっては、パチンコ店は魅力のある商売ではなく、日本人で手を出す人は限られていました。

 差別があって公務員や大企業の社員になれない、農地解放の対象でもなく、職に困っていた韓国朝鮮人が比較的多くパチンコ台を買いに来ましたし、正村氏は「みんなで仲良く使えば良い」と言って正村ゲージの特許も取らなかったような人ですから、外国籍の人でも分け隔てなくパチンコ台を販売しました。

 もちろん日本人も正村ゲージのパチンコ台を買いに来ており、今でもパチンコ店の経営者の3割ほどは日本人であると聞きます。在日特権で韓国朝鮮人だけに独占営業権があるなどという話は大嘘です。

 正村ゲージが優れていたので、他の遊戯よりも面白いということになり、60年代には繁華街の場末に進出することになりますが、50人も入ればいっぱいになる程度の店で、店員がパチンコ台の後ろにいて玉を補給している手作業的なものでした。

 70年代に入ると、駅前の一等地にあった映画館の経営がテレビのために行き詰まってきます、そこで人気が出ていたパチンコが、映画館主から土地や建物を借りるかたちで進出します。当初は映画館だった建物を改修して使っていて、儲かったあと建物を新築するということが多かったようですが、土地は借地で元の映画館主の所有のままでした。

 敗戦直後に朝鮮進駐軍が奪った土地にパチンコ店が建てられた、などという話も大嘘なのですが、ネトウヨはみんなこの話を信じています。ネトウヨは戦後の間もないころから、焼け跡のバラックと闇市ばかりの町のなかで駅前には、大きくて派手なパチンコ店が建っていたと信じているようです。

 ネトウヨが捏造した朝鮮進駐軍とパチンコ店の駅前進出とでは、25年ほどの時間差があるので成立する話ではありません。

 さらに車が普及すると、電車よりも車で来る客が増えたので、駅前から広い駐車場を持つ郊外へパチンコ店は移動するのですが、ネトウヨの議論では今でもパチンコ店は朝鮮進駐軍が奪った駅前の一等地に建っていることになっています。

 そこで不思議なのは最近増えてきている高齢ネトウヨです。若いネトウヨは知らないにしても、高齢ネトウヨであればパチンコ店が場末の小さなホールで営業していたことを知っているはずですが、朝鮮進駐軍が奪った駅前の一等地に初めから建てられているとする説に対して、それは違うとは絶対に言いません。

 自分たちの並べている大嘘にとって不利なことは、過去に自分が見てきたことでも見なかったとにする、そのような習性が高齢ネトウヨにも備わっているようです。

 この話はもう一回続きます。


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