気のせい、考えすぎ…、で全てが片付くのはわかっている…。しかしそれを考慮に入れた上で、その場で取ってつけたような良くある昔話…、今も脳裏に焼き付く『アイツ』の顔…。やはり アイツハ ナニカオカシイ…。

 

 

(前回からの続き)

 

先は小規模な滝のようになっていて、その建物の脇を川の支流が流れている。

 

何よりも印象的な事はその建物の周囲にはかなりの数の彫像が置かれていた事だ。

 

大きい物から小さい物、そして木でできた物から石でできた物もあった…。

 

止める間も無く下田がゆっくりと建物に近づいて行き中を覗いて誰も居ない事を確認した。

 

…手招きしている。

 

とりあえず僕も気になっていたので覗きに行った。

 

四角い窓のような空洞から中を覗いて見ると、中はベニヤ板のような床、むき出しのトタン壁に破れた襖や障子が立て掛けられている。

 

所々に穴が空いたプラスチックのトタンを寄り合わせた天井、床にはゴミ袋と服、新聞紙が散らかっていた。

 

彫像の中にはどこから持ってこられたのか、狛犬や地蔵のようなものも見えた。

 

恐らく其処にはホームレスが住み着いていたのだろう…。

 

つまり獣道で見たあの服…、不法投棄の正体はここの住民だろう…と納得した。

 

奥に棚のような物もあった…。

 

黒いビニール袋の塊がいくつもある…。

 

だが僕はもっと嫌な物に気をとられた。

 

赤いランドセルだ。

 

それは机のように使われその上に古い鏡のような物が置かれていた…。

 

その時僕は痛烈に思った。

 

…あれは神社とかでよくある御神体ってやつじゃないか?

 

『おい!行くぞ!』

 

下田が囁くように、しかし有無を言わせない圧迫感と緊張を含んだ声で僕に言った。

 

『ん?誰か来た?』

 

誰だ…?ここの主に決まっている…。

 

手の平に汗が出始めた。

 

『いいから行くぞ。早く!』

 

下田の尋常じゃない様子に急かされ、ヌラヌラと黒光りする窓際の大黒天に似た彫像を横目にその場を離れる事にした。

 

帰り道、山を下っている間、下田はほとんど話さなかった。

 

とにかく早く山を下りきりたい様で、前にアスファルトの道が見えた時には躍り出たくらいだった。

 

二人とも息がきれ、汗もだくだくだった。

 

近くの自動販売機で飲み物を買った。

 

初めは気が付かなかったが、近くにも寂れた神社あり、その境内のベンチで缶ジュースをあけた。

 

『おい…。どうしてん?』

 

僕が彼に聞くと同時に、神社の人が奥からこちらを見ている事に気がついて、反射的に軽く頭を下げた。

 

すると彼はこちらに近づいて来た。

 

掃除の途中だったのか竹箒を持っている。

 

下田もそれに気がついて振り向き、彼が来るまでに一言

 

『何も言うな。合わせろ』

 

と言った。

 

『あん?』

 

と返すのと同時に

 

『あんたらどこの人や?見慣れん顔やな…。』

 

といぶかしげに声をかけられた。

 

いきなり威圧的に話されて少しむっとしたが、とりあえず

 

『こんにちは』

 

と僕が返し、ちょうど良いのであの祠の事を尋ねようかとした時、基本的に人見知りの下田が珍しく口を開いた。

 

『僕らはハイキングコースから迷ってしまって、やっとそこの道から出られた所なんです…。』

…おい、何を言ってんだ…? それは先週の俺の事やし、第一お前…敬語なんて使わんやろ…。そんなに怖いか?このおっさんが…。

『え!?そこの道から…?そら大変やったね…。へぇー、なんか面白いものでもあった?』

急にニコニコしながら彼は言ったが、唐突な豹変にかなりの違和感があった…。

 

焦っているような…何か無理矢理笑顔を作っているような…。

 

まぁいいや…とりあえず聞いてみようと思って僕は

『川沿いに、小さな祠みたいなのありますよね…。あれって何ですか?』

と聞いた時に、位置的に僕に背中を向けて僕と彼との間に入っている下田が、背中の腰の辺りで指で×を作っている事に気がついた。


『そこ行ったんか?』


彼は尋ね返して来たが、穏やかに話そうと努力しているが隠しきれていない焦りが見え隠れしていた。

『いや…。行ってないです。川の反対側から見えただけで…。とりあえず何やろって話してただけです。』


と下田が言った。


『そうか…。行ってないんやな…。』


と安心したのか、ため息をついた。

 

僕はあれについて聞きたかったが、下田の態度が気になって何も言えずにいた。

 

すると


『あれはな…。』


と彼は自分から話してくれた。

かいつまんでいうと、昔、その辺りの村で子供が神隠しに合う事が頻発した。

 

正体は山に住む猿の化物だった。

 

村人はそれを恐れて退治しようとした。そして違う土地から神主を招いて今自分達がいる神社を作り、悪神を封じ込める為にあの祠を作った。

 

それ以来神隠しは止んだが、禁忌としてある時期には川の向こう側には入っては行けない…。

 

入るとまた災いが起こる。

 

と云われているらしい。

 

想像した通り今がまさにその時期のようで、まさか…入ったのか?と思って焦ったらしい…。


『とりあえず入ってないならそれでええんや。早よ帰りや。』


とまたぶっきらぼうに吐き捨てるように言い、彼はまた元来た方に帰って行った…。

 

いつもなら腹が立つのだが、そんな場合じゃない…。

 

正直僕らはモロに川向こうに入ってしまっていた…。

 

 

だが何か、その伝説には恐怖感を覚えなかった…。

 

古い話でかいつまんで話されたからか…?


『おい、行くぞ…。』


とこっちを振り向いた下田の顔は疲れきっていた。


『お前、大丈夫か!?』


と聞くが


『早く!行くぞ!早よしろ!』


と怒ったように急かす。

 


僕らは山に登る時は、どこから降りてくるかわからない事が多いので、乗り物は近くの目印になる場所、今回はスーパーに原付を停めていた。

 

だから徒歩…というか小走りでその神社を出た。

 

その時に気が付いたのだが、何とはなしに出るときに振り向くとさっきの人が、拝殿の脇に停められていた軽トラの影からこちらを見ていた…。

 

何故かわからないが背筋がゾッとした。


スーパーにたどり着いた。

 

ほとんど無言、マラソン状態だ。

 

人がたくさんいた。

 

下田とトイレに行き、手と顔を洗った。鏡の前で

 

『おい、どうしてん?』

 

と彼に聞いた。すると


『外で話す…。』

 

と言ってまた缶ジュース片手にベンチに座った。

 

ベンチに座ってから


『おい、あいつの話っていうか、あいつなんかおかしなかったか?』


と僕に聞く。確かにそう思う…。

 

威圧的だったり友好的だったり…なんか情緒不安定的な…。


『確かになんか気持ち悪かったな…。』


と下田の顔を見上げた時、下田は固まっていて、膝の上に置かれた手が震えていた。


『おい!どうしてん!』

 

と僕が聞くと、


『振り向くな…。あいつがいる…。』


と僕に言った。全身に鳥肌が立った。


『あいつって…。さっきの…?』


彼は頷く…。


『逃げよう…。すぐ帰ろう…。』


と下田が席を立とうとしたが、今度は僕が


『待て』


と彼を止めた。

 

先ずは冷静にならないといけない。よくよく考えると、別にがっぷり戦っても負けやしない。

 

ただ下田の怯えっぷりが気になった。


『そんなにびびらんでも大丈夫やって…。なんやったらちょっと行ってきたろか…。』


『アホか!しばくとかじゃない!殺されるぞ!とにかく今は本気で逃げ切る方法を考えろ…。』


と言われた…。

 

殺されるというのは比喩だろうが、この怯えかた…何かありそうで僕も怖くなってきた…。


『うーん…』


だが僕は下田よりも余裕があった。

 

だから本気で逃げるなら…逃げ切るなら、原付のナンバーも危険じゃないか? と彼に伝えると彼もそれに同意し、感謝までされた。

 

スーパーを出るときにチラッと振り返ったら、確かにいた。

 

 

こちらを見ていた。

 

本気で怖くなった。

 

 

だからこそ僕らは電車で帰る事にして、ご丁寧にも途中の駅で下車し、ゲームセンターのトイレの窓から外に出て、一駅分後ろを気にしながら歩き、また電車で帰るという手段をとった。

 

その間、着いてきているかわからない相手から逃げ切る手段しか話をしていない。

 

地元に着いた時には疲れきっていた僕らは詳しい話は後日として、とりあえず家に帰って休む事にした。

 

 

だがやはりアイツにばれていた…

 

 

 

 

なんてオチはない。(笑)

 

あの神社にもその後行った事もあるが、それ以来あいつを見た事はない。

 

後日、怯えながら二人で原付を取りに行って、すぐに地元にとんぼ返り、一番落ち着ける場所、僕の家で話を聞いた。

 

続く…。