みなさんお久しぶりでございます。ユマニテ会のゆにっちです。ニコニコ 梅雨ですね雨


今年はよく雨がふるような気がしてます。かたつむり


先日のユマニテ会では、久しぶりに西洋哲学の「小ソクラテス派」についての勉強でした。


ソクラテスはいわずもしれた「哲学の父」といわれる人ですよね。


まずは奥様のことから、悪妻でなだかい「クサンチッペ」のお話から入りました。


クサンチッペは悪妻といわれていますが、先生いわく旦那は働きもしないで哲学問答にあけくれているのですから、怒りたくもなると。。。。


ソクラテスは73歳ころに無くなっていますが、当時子供が3人いて、一番下の子供は2歳だったらしいです。哲学者の皆様の奥さんのご苦労もお察しいたします。  


ソクラテスの弟子は  ソクラテス→プラトン→アリストテレスとなりますが、これは正統派なお話

これは哲学の本流(西洋文明の本流)ともいえる。この流れはキリスト教と結びついている。
キリスト教をきちっと基礎づけた。(アリストテレス)


今回取り上げるのはこの本流ではない、ソクラテスの思想の支流の思想家のお話です。


ソクラテスという人はどんな教え方をしたかというと、一方的に自分の学説を説いたわけではなくて、彼のお母さんは産婆さんだった。


彼自身もある意味で産婆といえる。男たちの産婆であった。
精神的な子供を生み出す手伝いをした。1人1人のもっている善きものを生み出させようとした。そしてその男たちの生んだ思想が本物かどうか吟味していくような教え方。


先生ソクラテスの人格に触発されながら、自分なりの思想を作っていく。
ソクラテスという人の人格を反映しているから、ソクラテスの思想を継承しているわけです。


キュレネ派(快楽主義)
キュニコス派(禁欲主義)
メガラ派(論理主義)



これら3派を本流ではないがゆえに「小ソクラテス派」という。


これらすべての思想がソクラテスの中にあったといってもよいでしょう。


今回はキュレネ派 その代表的哲学者は アリスティッポス(前435-前355)

いまある瞬間、瞬間の快楽を追求する。先の快楽を求めない。先のために今の快楽を我慢したりしない。


われわれは誰でも幸福を求める。幸福はちょっと先のことを考えて、いま頑張ったり我慢したりするけれど、この人はそんなことはしない。


シシリー島の独裁者のイオニシオス王のもとにつかえていた。王が自分の女を3人つれてきて、誰か1人を君にあげるといった。


アリスティッポスは「1人もらうとろくなことがないから3人もらいます」


そういって自分のうちの玄関まできて、3人を「もう帰っていいよ」と帰してしまった。そんな人


先ほど1人もらうととくなことがないから・・・といったのは、実はホメーロスの中からきている。

(こういうところも教養が高いですね)


西洋の1番古い文学は、ホメーロス「イーリアス」「オデッセイア」これが西洋文化の基(もとい)となっている。


トロイヤ戦争
ギリシャのアキレウス(半分神半分人間) 父ペーレウス(人間) 母ティティス(女神)の結婚式で
招待されなかった争いの神が、金のリンゴをもってきた。この金のリンゴは1番美しい人にあげるということになっていた。

最後に1人の女神が残る

ゼウスの妻 ヘラー
アテナ
アフロディーテ


どうしても決まらないのでトロイアの王子パリス王(人間)に決めてもらう。
神がきめられないから人間に決めてもらおうということになる。

パリス王は悩んだ末アフロディーテを選ぶ。


アフロディーテは、自分を選んでくれたそのお礼に人間の中一番美しい女をあげることになる。


その女はスパルタのメネラオス王の奥さんヘレネー(人妻だった)

それに絡んで、スパルタとトロイアの戦いが始まる

(それだけではなく地中海の利権の争いもあったそうです)


10年たってもトロイアは落ちない。そこであの有名な木馬の作戦となりました。


トロイアを発見したシュリーマンは「イーリアス」の絵本を買ってもらって、本当だと思っていたが、
だれもが「イーリアス」を伝説・作り話だと思っていた。


1870年代にシュリーマンは本当の話と信じていたので遺跡を発見することができたのだといわれている。



アリスティッポスの言葉など

◇あるとき娼婦(教養の高い娼婦)と暮らしていた。非難する人がいた。
「俺が彼女を所有しているのであって彼女に所有されているのではない。快楽を楽しむことは良いことだ。
快楽にまけないことが重要なのだ」
(あくまで主人として快楽【を】楽しむことが善いことであって快楽によって自分が引きずり回されて自分を見失うことが悪いのだ)
といった。


◇ある友人が祝宴の最中にやってきて、贅沢なごちそうや女性たち、派手な祝宴をする自分のことを非難した。「今日は君も一緒に楽しんでくれよといった。」

その友人はうなずいた。「ではなぜさっき俺を非難したんだよ」


◇ある人が豪邸をつくった。そこによばれて、家の中を案内させた。しばらくするとアリスティッポスは突然その人の顔に痰をひっかけた。「何をするんだ」という友人に対して、アリスティッポスは
「他に適当な場所がなかったんだよ」といった。(間接的に心がきたないと言っている)


◇哲学からどういう利益を得ましたかときかれて「だれとでも臆することなく付き合うことができる能力を得た」


◇「法律というものが全廃されても、私の生き方は全く変わらない。」


◇娼婦と暮らしていることをなぜかという人に

「1万人の人が乗った船で航海する船で航海するのと、だれも乗ったことのない船で航海するのと何か違いがあるかい。違いはない。だったら大勢の男ののった女と誰も乗ったことのない女も何の違いがないはずだ」


さあみなさん、キュレネ派の哲学いかがですか?

つっこみどころ満載ですよね。恒例の2次会では、またまた色々なご意見が飛び出して、もりあがりました。いったいどこが快楽主義なの? かっこつけることが男の快楽なのか?


次回の禁欲主義も楽しみです。