不動産の豆知識、知っトク情報レシピ 株式会社Izumida

不動産の豆知識、知っトク情報レシピ 株式会社Izumida

相談をしようという方々にとって、相談相手がどのような人物かは大きな関心事です。そこで、普段は時間的制約からなかなかお話する機会のない私自身のことや、主に取り組んでいる仕事の内容、考え方、費用の目安に関する説明などを記しております。

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沈みゆく船から脱出するような、そんな希望が見えた気がしたんだ。

 

俺は、バブル期に働き盛りだった団塊の世代。稀代の好景気に沸く日本で、ニュータウンに物件を購入した。まあもちろんローンで買ったわけだが、俺の仕事はもうかっていたし、マイホームだってそう遠くない未来に返済までできると思っていたんだ。

だが、夢はそう長くは続かなかった。バブルが見事に崩壊し、株価も地価も大暴落した。ヤバイと思った時にはもう時遅しで、5000万円のローンで返済が1億、売ってしまおうにも、1500万円分の価値しか無いという状態に陥ってしまった。

 

俺には妻と娘が一人いる。売却もできないどん底の不景気に、俺たちは身を寄せ合って生きてきた。勢いで家を買ったはいいものの、住所としては郊外で、交通の便としては都内にはうまく乗り継げば30分くらい、状況が悪いと1時間かかるエリアのニュータウンだった。

しかし、難点はそれだけではない。団地の管理組合での奥様同士のやりとりが異常にめんどくさいとか、ゴミ出し場の位置が遠いとか、購入時には考えなかったが毎日の生活に地味に効いてきて、しんどい生活が続いた。

 

家を買った当時は小さかった娘もいまや27歳。本来なら就職していてもいい年だが、いまだにバイトで生計を立てている計画性のなさはもはや親譲りなのだろうか。妻は管理組合の組合長をやり、金にもならないが毎日を忙しく過ごしていた。

そんなとき、俺に舞い込んできたのは、何とも言いようのない「不幸」だった。

長く勤めてきた商社が、経営不振による合弁に伴い、従業員リストラの憂き目に遭うことが決まってしまったのだ。俺に白羽の矢が立ったわけではなかったが、いつそうなるか分からない。会社の方針には従わないと、怖い。

そんな矢先のことだった。

「部長、失礼します。神崎です。お呼びでしょうか」

「神崎君、入りたまえ」

これはいよいよリストラかと、半ば腹をくくって俺は営業部長室へと向かった。

「失礼いたします」

「まあそう固くなることはない。実は君に辞令が出ている」

「えっ」

「人事部への移動だ。部長のポストを準備してある。栄転だぞ」

人事部と言えば、社内でも大きな部署、そこの部長。俺の心は弾んだ。

「ありがとうございます」

「ただし条件があってね」

「は、」

「転勤になるんだ。まあ、そう遠くはないんだがね。向こうで3年やってきたら、今度は本社だ。悪い話じゃないだろう」

 

家に帰って、俺は娘と妻に向き合った。

経緯を話すと、二人は純粋に喜んでくれた。それはもう、拍子抜けなくらいに。

「せっかくだし」

言い出したのは妻のほうだった。

「この際、景気も戻ってきたし、家を売るってのはどうかしらね」

「そうだな……」

「売ってどうすんの。お父さん単身赴任じゃダメなの」

娘の質問に、妻は冷静に答えた。

「お父さんは初めての転勤よ。3年くらいなら、あんただってどうせバイトなんだし、向こうにマンション借りて住めばいいじゃない。会社からも手当てが出るんだろうし。帰ってきたら、あんたもしっかり就職しなさい」

妻はいつでも、強しだ。

 

不動産の売却は、バブル当時に調べたきりで、最近は大したリサーチはしていなかった。娘がパソコンが得意だというので、娘にいろいろ調べてもらった。

調べた結果、近くの不動産会社が販売も売却もやっているというので、行ってみることにした。

売却価格は、さすがにバブル崩壊当時の1500万円よりは高くなっていたが、それでもそれほど高くはなかった。家の値段も付けて、半値よりちょっと高いくらいだ。

だが、それでも高くなった方。俺たち家族は長年住んだ、不便で、あまりいい思い出はない、だがどうしてか愛着のある家を売ることにした。

買い手がつくのを待っていられなかったので、不動産会社に売却することにした。担当してくれた男性の営業さんは、「きっとすぐに買い手が付きますよ。郊外は人気ですからね」なんて気のいいことを言っていた。あの家を、次はどんな人が使ってくれるのか、もしくはもう使ってくれているのかは俺たちにはもう知るすべがなかった。

 

転勤した先は、もちろん東京よりは田舎だったが、それでも優しい人の多い、いい街だった。

俺は今、部長として職務に邁進している。妻は管理組合長としての経験を生かして、マンションでも周囲と仲良くやっているようだ。娘も、あくせくしていた時より生き生きしている。今のうちに資格を取って、東京に戻ったらその資格を生かした正社員になると言っている。

 

家を売った、そのことで、沈みゆく船から脱出するような、そんな希望が見えた気がしたんだ。

家族が再生してくれるような、そんな明るい希望が。


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家族4人で住んでいたマンションが寂しくなり始めたのは、長女の就職が決まり家を出たときのことでした。その直前に長男が都内の大学へ進学を決め、実家を出て、一人暮らしをスタートさせていたので、あんなに騒がしかった家が、ふ、っと寂しくなったのです。

4LDKのマンションは、妻と二人だけになり、掃除以外で入ることのない部屋が増えてしまいました。長女も長男も、実家に帰ってくることは少なく、2人だけだと広すぎる家になっていきました。

長男が大学を卒業してから、もしかしたら実家へ帰ってくるのではと思っていましたが、彼女を作り、結婚も考えていると聞き、私と妻は、いっそのこともっとコンパクトなマンションへの住み替えをしたらいいのではないかと思うに至ったのです。

そして、ついに、私と妻は、今まで住んでいたマンションを売りに出す決意をしました。

 

売りに出す、と言っても、私たちは家を売ったことなんてありませんでした。まずは、なんの下調べもせずに、近くの不動産会社に電話でマンションの売却にはどうしたらいいのかを問い合わせました。不動産会社なんてどこも一緒だと思っていたのです。

「ええと、家を売るという話でしたよね」

不動産会社に立ち寄ってみると、忙しそうにしている男性が私たちの担当でした。男性は私たちを前に、早口でまくしたてました。

「――で、――ですから、――ですので」

「待ってください。専門用語はよくわからなくて、説明してください」

「あーいえ、じゃあ、先に媒介契約を……ああ、いや。うちは大手なので知名度があります。安心して任せてくださればいいですから」

私と妻は目を見合わせました。明らかに不審だったからです。契約するのは一旦保留にしました。

家に帰って、インターネットでその業者を調べてみると、私たちが想像していたこととはまったく違うことが書かれていました。評判はすこぶる悪く、査定などの結果も散々だと。

たくさんの不動産仲介業者の話をきいてみましたが、知識がつく反面、結局どこの不動産仲介業者がいいのかまったくわからなくなってしまいました。もう、買い取ってくれるならどこでもいいかもしれないと思っていたそんな時、長女が久しぶりに帰省しました。

「家売るの?!」

「うん。あんたも弟も帰ってこないっていうしね。お母さんとお父さんだけじゃ掃除も大変だし、ちょっと小さいところに引っ越したいのよ」

「そうなんだ……。まあいいけど……。でも、ちょっとざんねん」

「なんだ、反対か?」

「ううん。でもさ、私も26年この家に住んできたわけだから。思い出もあるしさ」

私たちは、はっとしました。どうでもいい業者になんか、売ってはダメだと。だってこの家は、何十年も私たち家族を見守ってくれ、そして、私たちを守り、育ててくれた家なんですから。

 

それからまた、知り合いのつてを使ったり、インターネットでいろいろと調べたりして、少し遠くはありますが、1件の不動産業者にたどり着きました。『不動産ステーション』と看板に書かれておりました。

今までの経緯を話すと、担当の優しげな女性が親身に話を聞いてくれました。そして、なるべくわかりやすく、穏やかな口調で説明してくれたのです。

私たちはこの女性営業さんに好感を持ちました。家の内覧と査定をお願いすると、彼女は快諾してくれました。査定の結果は、私たちが思っていたよりも幾分か高い結果。売り手となる人も、身元の知れない人、怪しいような人、大切にしてくれなさそうな人ではなく、しっかりした人のようでした。家族連れかと思ったのですが、一人でした。

詳しくは聞きませんでしたが、在宅で仕事をする人のようで、いくつかの部屋を使って仕事をするんだ、これくらいの広さは理想的だ、大切に使いますと彼がきらきらした目で言っているのを見て、私たちは売却を決めました。

私たちの次の家も、彼女の紹介で都心に近く、手ごろなマンションを見繕いました。

 

家を売ろうと決めてから何か月か、いろいろなところを渡り歩いてきましたが、彼女に出会うためにこの時間があったのではと思うほど、すんなりと話を進めることができたのです。

 

わたしたちは、娘の言葉に、学びました。

自分たちの大切な家を、ほかのだれかに売るのに、任せられないような業者に頼んではダメだ。今までの私たちの思い出も、大切に、一緒に売るのだから。


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突然だけれど、ぼくは、父さんと母さんの本当の子供じゃあない。でも、僕が1歳になるころ、父さんと母さんがぼくを病院からもらってくれた。

弱っていたぼくを、父さんと母さんは優しく支えてくれた。まるで本当の両親みたいに。実を言うと、まだ小さかったぼくは、本当の両親の姿は覚えていない。でも、それでもかまわないと思っている。ぼくを貰ってくれて、支えてくれる父さんと母さんが、僕にとっては両親だから。

ぼくに与えられた家は、家族と、愛で満ち溢れた幸せの住処だった。

ぼくが5歳になるくらいのある日。スーツ姿の怪しいやつがよく家に来るようになった。

そいつは父さんよりも背が高くて、黒いスーツを着ていて、眼鏡をかけていた。ぼくがその男に近づこうとすると、父さんと母さんはぼくをちょっと怒った。怪しい男が来たとき、ぼくは隣の部屋にいるように言われる。

父さんと母さんは怖がっている様子はなくって、その男がくるとだいたいはニコニコしていたけれど、ぼくはそいつが嫌いだった。

だって、ぼくと、父さんと母さんの家なのに。幸せの家なのに。部外者が入り込むなんて嫌だった。

怪しい男が帰ってから、ぼくは父さんと母さんにあの男は誰名乗って何度も聞いたけれど、ふたりはぼくの頭を撫でるだけで教えてくれることはなかった。

 

またある日、あの怪しい男は知らない人を連れてきた。しかも二人も!

父さんと母さんよりも若いふたり。ぼくは探偵になって様子を見にちらっと顔を出した。女の人が僕に気付いて、あら!とぼくの方へ近寄ってきた。ぼくの頭を撫でて、かわいいですね、とか言っている。う、うれしくなんてないぞ。母さんはそうでしょう、自慢の息子なんですよ。って言ってくれた。それはうれしい。ぼくはうれしくて、母さんのところへ走っていった。

母さんはぼくを抱っこすると、二人と怪しい男を、家のいろんな所へ連れて行った。ますますあやしい。ぼくの探偵としての勘が怪しいって言っている。なんとか知らせないと!と母さんを見たけれど、母さんは微笑んでいるだけだった。

 

それから何日かたって、父さんと母さんは不思議なことを始めた。家の中を片付け始めたんだ。お片づけはぼくも得意だから、手伝おうと思ったけれど、父さんが止める。お前は気にしないでご飯を食べてなさい。だって。ぼくだって気になるのに。

3日もすると、家の中がとってもきれいになった。きれいになったというよりも、物がなくなった。父さんと母さんは、最後に残ったテーブルで、ご飯を食べている。

ふたりはにこにこしていた。なんでだろう。

 

その次の日、ぼくはびっくりすることになる。青い服を着たたくさんの男の人が、父さんと母さんの荷物を外へ運んで行ったのだ!

やめろ!と、ぼくはその人たちを止めようとしたけど、父さんが僕をだっこした。何で止めるんだよ、って、ないてみたけど、父さんはにこにこ笑って、ぼくの頭をまた撫でた。それから、お家の中がすっかりからっぽになると、ぼくのお家まで片付け始めた。どうして。ぼくは、父さんと母さんの自慢の息子じゃなかったの。捨てられるの。また病院に戻るのは嫌。ぼくは泣きそうになった。

 

ぼくは、よくお友達の家に行くときにつかう小さな家に入れられて、車に乗り込んだ。小さな家の中には、いつも僕が使っているおもちゃや、毛布がある。ちょっとだけ落ち着いて、ぼくは毛布の上でうとうとした。

それからどれくらい経ったんだろう。ぼくは小さな家の中で目を覚ました。知らないにおいのする街。はっと立ち上がると、ちょうど父さんと母さんが僕を迎えに来たところだった。

ここはどこ、ぼくを捨てるの、と小さく聞いてみたら、父さんと母さんはくすくす笑った。外にはあの黒スーツの怪しい男。誘拐されたんだ!と思ったら、その男が僕をやさしくなでた。新しい君の家も気に入るよ。そう言いながら。

新しいぼくの家、って。なんのことだろう。ぼくの家は父さんと母さんの家なのに。

 

小さな家から出されて、ぼくが目にしたのは、驚くような景色だった。

緑がたくさんあって、お庭がある。お庭には、たくさんのお花。ぼくはうれしくなってお庭を走り回った。あの怪しいスーツの人、ぼくに、父さんと母さんに、新しいお家をくれる人だったんだ!

 

「うふふ。喜んでるわね。ここに決めてよかったわ」

「ああ。アイツも大きくなったからな。俺とお前には子供ができなかったから、あいつのことを息子だと思って育てようって決めただろ。アイツのためならなんだってできるよな」

「そうね。ありがとうございます、素敵なお家を紹介してくださって」

「いいえ。わんちゃんも喜んでくれたみたいで、私も大変光栄ですよ」


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これは友人の話

彼女と出会ったのは、長く勤めている不動産会社の受付でだった。

転勤の多い俺の仕事は、不動産会社の営業。転勤ってったって、そんなにポンポン遠くに飛ばされるってことはない。都内の営業所が変わるくらい。

でも、東京の中だってそれなりに広いんだから、引っ越しは会社のマンションを転々としていた。そのおかげで、周りがどんどん結婚する30歳を過ぎても、俺はご祝儀貧乏になるだけで結婚の「け」の字もない。

不動産会社の営業をやっていると、「結婚するから引っ越します」とか、「子供ができたから新しい家がほしくて」なんて人もたくさん見る。いつも俺はそれをニコニコ笑顔で対応しながら内心でため息をついていた。俺には春なんて来ないんだろうか。

春どころか夏も深まってきて、外に出るとガンガンに汗をかく季節が来た。この季節の外回りはしんどい。そんなしんどい外回りは後輩にやらせるダメな先輩を演出しながら、俺は会社の中で積みあがった事務仕事にいそしんでいた。

からんからん。

ドアに付けられた安っぽいベルが鳴る。受付の女の子が迎え入れたのは若い女性だった。珍しいこともあるものだとパソコンに向かっていると、受付ちゃんが遠慮がちに俺に声をかけた。

「なに」

「あの方、家を売りたいそうで」

「へえ?」

「よかったら斎藤さん、対応してもらえませんか」

「いいけど……」

返事を返しながら、俺はちらりと受付に所在投げに座る子を見た。服装はブラウスにひざ下の紺のフレアスカート、女子大生風だ、年のころは俺より3つ下くらいだろうか。茶色の髪は長く、前髪は斜めに流している、目のぱっちりしたかわいらしい子だった。

家を売りたいという事は、家を持っているという事だろうが……とてもそんな、金持ち風には見えない。ややこしいことになる予感を頭の隅に感じながら、俺はパソコンの電源をスリープにした。

「いらっしゃいませ。私、営業の斎藤ハジメと言います。よろしくお願いいたします」

「あ、よろしくお願いいたします……、私は二戸穂澄と申します」

にのへほづみ。ずいぶんかわいらしい名前だ。

「本日は家を売りたいという事ですが」

「はい。実は、私、両親がすでに他界しておりまして、祖父に育てられていたんですが、先日祖父も他界しまして。相続した家を売りに伺ったんです」

「それはご愁傷さまでした」

詳しく話を聞くと、彼女の祖父が他界したのは少し前のことだという。いわゆる突然死と言うやつで、朝目が覚めたら祖父が死んでいたと。家自体はそれほど古くはないが、やはり人の死んでしまった物件としてなかなか買い手がつかないらしい。

「なるほど……」

「祖父との思い出の家ではあるのですが、やはり売却してお金に変えた方がいいかなと……どうにか探してもらえませんでしょうか?」

「やってみますが……」

彼女のまっすぐな熱意を受けて、俺は断るに断れなかった。だが、うちは小さな不動産会社だ。大手にどうにもならなかったのなら、正直、俺にもどうにも難しいだろうと、思っていた。

査定をして販売するが、やはりなかなか売れない。3ヶ月が過ぎ、6ヶ月が過ぎ。夏が終わって飽きも過ぎ、しんしんと冷え込む冬がやってきていた。

俺は何度も何度も彼女を訪ね、俺と彼女は親交を深めていったが、残念ながら買い手は付かなかった。彼女は売れない家に住み続けていた。

「最近は寒いですね」

「そうですね……」

彼女は明らかに落ち込んでいた。

だが、俺は今日、あることを言おうと思って彼女の家に来ていた。

「じつは、今日、報告があるんです」

「え?」

「この家に、買い手が付きました」

「本当ですか?!でも誰も内覧にはいらしていませんけど……」

 

「俺が買います」

 

「――え?」

彼女は目を丸くして、俺をまじまじと見つめている。

俺はもう一つだけ、言わなくてはいけないことがあった。

「でも、この家はあなたの大切な思い出の詰まった家です。あなたにも住んでほしい」

「え、えっ、ハジメさん、それって……」

 

「だから、俺と結婚を前提にお付き合いをしてください」

 

真っ赤になって頷いた彼女を、俺も真っ赤になって抱きしめた。ふたりしてばかみたいに笑いあって、俺たちは付き合い始めた。遺影のお祖父さんが、うれしそうに笑ってくれている気さえした。

あれから5年。俺はいま、あの冬の日に買った家で、妻と子供と、そして彼女の大切な思い出と一緒に暮らしている。


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俺はいたって普通の会社員。特別なにかが出来るわけではないし、大きな趣味も、夢もあるわけじゃない。普通に会社に行き、普通に仕事をして、家を買い、ローンを組んで、それなりの給料で生きていた。毎日が平凡で、つまらなくて。でも、それなりに充実もしていて、それなりに幸せだった。普通、が、自分には何よりも合っているのだ。

そんな俺は、今日、高校の同窓会へ出向いている。六本木のバーで、高校3年の同じクラスの40人と会うのだ。俺は柄にもなくワクワクしていた。普段よりはちょっといいスーツで、靴で。もちろん何もないだろうけれど、ちょっとだけ期待もしていた。普通とは、ちょっとだけ違う日常に。ずいぶん久しぶりに会う友人たち。楽しみだ。

「おお、久しぶりだなー!」

「おまえ、変わってないなぁー!」

中に入ると、明るい声が飛び交う会場だった。立食パーティで、みんながいろいろなところで談笑していた。俺もビールを貰うと、近くにいた友人に話しかけるだけで昔話に花が咲く。懐かしい顔だ、もう何年振りになるだろう。

「あれ……久しぶり」

そんな時、声をかけてきたのは1人の女性。たしか、図書委員だった女の子だ。眼鏡をかけていて、地味な感じの子だった気がする。面影はあるものの、高校の時よりずっと大人びて綺麗になっていた。

「あ、久しぶり…メガネやめたんだ」

「うん。コンタクト、似合うかな?」

「似合う似合う! 実は俺もコンタクトなんだ!」

俺と彼女はしばらく話し込んで、それから連絡先を交換した。

 

それから数日後、彼女とラインを交わしながら、食事へ行く約束を取り付けた。

高校のときは大人しくてずっと本を読んでいるような子だったが、話してみると楽しく、それから……、お互いに、意識するようになっていった。

何度目かの食事で、俺はついに切り出した。

「あ、あのさー。彼氏っているのかな」

「え、あ……、いない、よ」

「そ、そっか」

「うん」

「あ、あのさ。もし良かったら……、俺、立候補しても、いいかな」

「……もちろん!」

彼女の弾けるような笑顔が眩しくて、俺もつられて笑ってしまった。

 

彼女との付き合いは充実して、とても楽しいものだった。平凡な俺にも飽きずに付き合ってくれ、彼女の好きな本や、映画、舞台なんかも見に行った。

そんな付き合いが、2年続いて。俺の家で彼女が住み始めた頃のことだった。

会社で上司に呼び出された。

「なんでしょうか」

「君に辞令が出てね」

「は、はい」

「部長昇進だよ。おめでとう」

「ありがとうございます!」

「部長になるに伴って、転勤になる」

「転勤、ですか」

「栄転だよ、栄転。家はこちらで手配するから」

明るい気持ちが、さっ、と陰った。

彼女に、結婚を申し込むつもりだったが、俺が転勤になる。彼女は仕事をしていて、この街にご両親もいる。そんなに簡単に引っ越してくれとも言えない。しかも……転勤先は、東京だ。都会のど真ん中に、ここから引っ越すのは相当な気苦労だろう。

もちろん部長になるのは嬉しい。嬉しいけれど……、でも、手放しに喜ぶことはできなかった。

 

家に帰ると、ふわりとカレーの香り。彼女が帰ってきて、ご飯を作ってくれている。

「……ただいま」

「お帰りなさい。ごはん、もうすぐ出来るからね」

「うん」

「……どうかしたの?」

彼女が玄関で立ちすくむ俺に駆け寄る。俺は強く口を結んでから、彼女の目を見た。

「昇進が決まったんだ」

「え?! よかったじゃない、おめでとう!」

「でも……転勤に、なって」

「転勤……?」

「この家も売らなきゃいけない」

「……」

彼女が黙ってしまう。振られる。仕方のないことだ。俺は俯いた。

「じゃ、今までよりたくさん舞台観に行けるね!」

「えっ」

はっと顔を上げると、あの日とーー告白したあの日と同じ笑顔の彼女がいた。

「私、あなたに着いていく」

 

上司の紹介してくれた不動産会社さんが事情を加味してくれ、高額とまではいかないがそれなりの値段で家を買い取ってくれた。東京では最初、社員用のアパートを借りることにしていたので、売った代金は、引越しの費用と貯蓄に充てることができた。

空っぽになった家を見回して、俺はひとつの思いを感じている。

ひとりで買った家、2人で住むことになった家、売ることになっても助けになってくれた家。これからの未来、俺が抱えていく思いをくれた家。

「あなたー、行くよー」

「今行く!」

この引っ越しは、生涯忘れることはないだろう。


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「そろそろうちも手狭になってきたし、売ることにしない?」

妻がそう言いだしたのは、2人目の子供を授かった直後のことだった。

今住んでいる家は1dk、確かに手狭だ。

子供がまだ小さいので、僕たち自身に金をかけることが出来ず、夫婦2人で住んでいたときと同じマンションに住み続けている。でも、2人目が生まれてきたら、とてもじゃないが成長を待つことは難しくなってしまう。それは、金銭的にも、妻の体力的にも。僕の収入が急に跳ね上がることもないだろうし、今が一番引っ越し時かもしれない。

「そうだね。保育所も遠いし、近いところに引っ越そうか」

「そうと決まれば不動産会社さんに相談してみましょ」

姉さん女房の妻は行動力がある方で、僕の仕事の休みの日、お腹に子供がいるにも関わらず一緒に不動産会社へ向かってくれた。結婚する前も、してからも、優柔不断な僕を心配したのかも、しれない。情けないことではあるけれど。

不動産会社の営業の女性は、明るく快活でいい感じの人だった。

「売却ですね。そうなりますと、広告を新聞や雑誌、インターネットなどに掲載する方法がいいかと思います」

「広告……?」

「はい。そうしますとたくさんの人が見ますから、早く買い手が見つかりますよ」

笑顔の営業さんを見てから、妻と目を見合わせた。

実は、僕たちの住んでいるマンションには家族ぐるみの知り合いがとても多く、出来たら「売却して引っ越す」ということは秘密にしておきたかったのだ。売却が悪いことではないとはもちろん思っているが、今後も付き合いを続けるのに余計な金銭的探り合いはしたくなかった。引っ越しのあいさつはもちろんするけれど……、でも、売却の額が広告に乗ったりすると、いくらで売ったのとか、どれくらいだったのとか、そういうのは煩わしい。

「出来たら広告に掲載するのはやめて頂きたいんですが」

「ですが奥様。それでは人目に情報が触れませんから……

「でも立地はいいし、マンションの高層階だし……一度やってみてください」

……分かりました。やってみます」

 

それから2ヶ月が経過した。しかし、一向に買い手はみつからない。妻は痺れを切らし、別の不動産会社にも話をしに行ったが、回答は同じ。広告掲載をしないと難しいということだった。

そうこうしているうちに、妻の体調が思わしくなくなった。僕はいよいよ焦り始め、会社で同僚に相談してみた。

「そんなことになってるのか、大変だな」

「そうなんだよ」

「でも俺が家を売った時はそんなことしなかったけどな?」

「その不動産会社紹介してくれないか?!」

同僚の勧めで、ほとんど藁にもすがる思いで次の休みにそこの不動産会社に向かった。落ち着いたウッド調の車内が綺麗な会社だった。

営業さんは少し年上の男性。笑顔が優しい人だ。

「売却ですね」

「はい、あの……広告掲載は出来たらしないで欲しいんです……

「かしこまりました」

「えっ?」

男性はあっさりとうなづいた。今までの苦労釜嘘のようにあっさりと。

「いいんですか」

「はい。弊社のネットワークを使って、情報を弊社内だけで共有しますから、買いたいという方を見つけられるんです」

「そ、そうなんですか」

「買い手が見つかり次第ご連絡しますね」

その日は半信半疑で家に帰った。妻にその話をすると、とりあえず待ってみたらと言われたので、待ってみることにした。

 

それから1週間ほど経った。仕事を終え、携帯電話を見ると不動産会社からの着信。僕は慌てて折り返した。

「もしもし」

「お客様、お待たせして申し訳ございません。見たいという方が2名ほどおりまして、ご都合の合う時に見学に伺いたいと……

「本当ですか?!」

まさかのトントン拍子に、信じられない気持ちもありながら、了承の返事をした。

それから、土日の休みを使って、一気に2組を内覧に迎えたが、どの人たちもとても感じがよく、内覧の上で買取の希望のあった若い夫婦に売却することが決まった。聞けば、お腹に子供がいるとか。妻と仲良くなり、友人になったようだった。

 

それから僕たちは、おなじ不動産会社で新しい家を探してもらった。そこも中古住宅だったが住み良さそうで、買うのと売るの、両方を体験することができた。あの時家を売った夫婦とは、今でも交流がある。

そして今、僕は、2人の娘と最愛の妻に囲まれ、素敵な家で暮らしている。


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これは、不動産業界に勤める友人から聞いた話だ。

彼は私の高校時代からの友人で、高卒で不動産営業になった。確か、営業になって3年目、70代男性が一人で暮らしていた、都内の古い一戸建てを売却したという。奥さんは2年前に他界して、息子2人は成人しそれぞれ家庭を持っている。父親の住んでいた家は、息子たちの育った家であったが、兄は名古屋、弟は北海道にすでに移り住んでいて、頻繁には家に顔を出すことは出来なかったそうだ。

父親の死亡原因は病気ではなく、老衰だった。いわゆる、いま問題になっている孤独死というやつだ。蝉がうるさく鳴く夏の暑い日、自宅でひっそりと、たったひとりで死亡した。しかし、その後、人が訪ねてくることはなく、隣の住人が匂いに気づき、通報。警察が到着し、遺体が発見された時は、死後10日ほど経っていたという。

 

その死の発見からすぐに唯一の身内である息子ふたりが病院から呼ばれ、到着した時に見た父の姿は、彼らふたりの思い出の中の父親とはかけ離れていた。もっと家に帰っていれば、しっかり見てあげられていたら、後悔ばかりか募るが、ふたりにできたのは、立派なお葬式を出すことだけだった。

財産という財産は残っていなかったが、たった一つ、父が残していったものがあった。それが息子ふたりを悩ませたのだ。残された遺産は、父が住んでいた一軒家だった。

孤独死が起きた住宅であること、そして何より築年数が相当行っていることを鑑みれば、売却のやり方は、中古住宅ではなく土地として売るしかないことは、火を見るより明らかだった。

 

息子ふたりは話し合いに話し合いを重ねた。相続の放棄も出来る。そうしたら、負債を抱えることもない。面倒な手続きも必要なくなる。本来はこのやり方のほうが遠方に住む二人にとって効率的だった。

しかし、2人の出した結論は、生まれ育ち、父の亡くなった家を相続し、しっかり後処理をしよう、というものだった。ふたりにはもしかしたら、罪滅ぼしの気持ちがあったのかもしれないと、私は思うが、邪推だろうか。

 

なにはともあれ、相続した二人の息子が不動産会社に相談をすることになった。それが私の友人だったわけだが、彼も事情を聞いてなんとか売ってあげようと、一生懸命画策したそうだが……やはり、一般のお客さんではなく、このまま会社へ売却し、建物を解体し売地となって販売する。この方法しかないという結論に至ってしまったとのこと。

取り壊しをするにあたって、家の中の遺品の整理をすることになった。

父の服や、薬なんかをまとめているとき、ふっと本棚からのぞいた時点を見つけたそうだ。それは、二人が小・中学校で使っていた国語辞典。ふたりに思い出がよみがえってきた。

昔、父に教わった漢字を覚える方法。単語を覚える方法。覚えた単語をひとつひとつ、付箋に書いて辞書のページに貼っていく。

父の教育でそんな覚え方をしていたことを懐かしく思い、ぺらぺらと辞書のページをめくっていた、その一ページにふっと目が留まった。

緑色の付箋。父がいつも使っていた色だ。だから自分たちは、使っていなかった。

それがあったのは、「か」のページ。「かぞく」、という単語のそばに貼られていた。

死亡する少し前に書かれたのだろうか、震える、つたない字で書かれていたのは、息子ふたりにあてたメッセージだった。

「離れていても、お前たちとはずっと家族だ。俺が死んでも、どうか悲しむことなく、ふたりで力を合わせて生きていってほしい。いつか天国でお前たちに会えたら、そのときは、またかぞく四人で一緒に暮らそう。父より」

息子ふたりは、ぽろぽろと涙を零した。

その涙は、しばらくの間、止まることはなかったという。

 

国語辞典や、そのほかにも思い出の詰まったいくつかのものを持ち出し、そのほかは丁寧に処分をして、ついに取り壊しの日がやってきた。

不動産会社に勤める友人の男性も同席し、家を壊すのを、二人は近くで見ていたという。20年以上住み続け、家族の思い出の詰まった家を取り壊すのは忍びなかっただろう。それでもふたりは取り壊しが終わるまで、見るのをやめなかったという。そして最後に、友人に、「ありがとうございます」と言った。

実は私も、先日家を売った。買うよりも売る方が、どうしてもつらい。だけれど、私も二人のように、家の終わりを、生活の最後を、見届けようと思う。

明日へつながる未来のために。


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25年前、僕は生まれた。生まれた時には父はいなかった。母が僕を身ごもったと知って、父は逃げてしまったそうだ。だから、顔は知らない。それに、別に会いたいと思ったことも一度もなかった。

僕は、駅からは遠く、それほどいい家ではないけれど、思い出のある家に育った。
僕が5歳のころ、母が住宅ローンを組んで買ってくれた家。中古住宅で、それほど新しい家ではなかった。平屋で、和室だけしかない。洋室はないし、トイレも汚い。でも、たった二人の家族だったけれど、サンタクロースもいたし、節分には鬼だって出てきた。どれも母だったし、僕にはそれが分かっていたけど、それでも幸せでうれしかった。
小さいながらも、家を買ったのは、僕を一人で育ててきた、母の誇りや意地だったのかもしれない。30年ローンを組んで、死ぬまで頑張って働かなきゃ!と言っていた母が死んで今日で4年目になる。享年50歳、進行性のガンで、ステージ4だった。長年の無理がたたったのだろうと、医者には言われた。12月の寒い冬の日のことだった。

今になっても、僕はその日のことをよく覚えている。それは、僕が21歳のときだった。まだ容体は安定しているからと、その日の朝、母は笑って僕を大学へ送り出してくれた。大事な単位のかかった試験の日だった。

大学でその知らせを受けた時、驚きすぎて、悲しすぎて、その場にうずくまってしまった。母の遺体を前に、男だてらに大泣きした。
 

そして、僕は結婚をして家族が出来た。家族は一人じゃない。なんと、子供もできたのだ。そう、僕が父親になった。
まさか自分が鬼やサンタクロースになるなんて、思ってもみなかった。出産は無事終わり、妻も子供も無事に生きていた。子供は女の子。すくすく育って、言葉も少ししゃべれるようになった。子供の成長が毎日の喜びになった。自分の子供の寝顔や笑顔を見るのがたまらなく好きになった。

きっと母もそうだったのだろう。僕を一人で育てている中で、僕の成長が、僕のよろこびが、きっと母の喜びだったんだろうと、今になっては思うことができる。

子供を守るためには、親はなんだってできる。そんな気持ちにさせてくれるものなのだ。子供、というものは。
娘が3歳になったあるとき、食事を終え、娘が眠った後、妻が小さく切り出した。
「そろそろ、家がほしくない……?」
「……そうだね」

僕たちはアパートで暮らしている。子供と三人で暮らしていくには手狭になるのは分かっていた。もちろんその時のためにと貯金はしていたし、それなりのお金はあるが、それでは足りない。なんにせよ、家を買うとなると、頭金がいる。
そのとき思い出した。母の最期の言葉のことだ。

「私が死んだら、あの家は、あなたのものだから好きにしなさい」
母と暮らした古い家は、もちろん和室だけじゃなくしたし、トイレもきれいにした。風呂も新しくしてリフォームをしたのだ。最初は僕が住み続けようと思ったが、妻があまり乗り気ではなかったので、賃貸に出していた。使ってくれる人がいるならそれでいいし、どうしても売る決断が出来なかったのだ。

母が身を削って買ってくれた家だ。たくさんの思い出も詰まっている。自分が住んでいなくても、賃貸に出していても、どうしても残しておきたかった。

だけれど、僕は母との思い出の家を売る決断をした。
きっと、「好きにしなさい」という言葉のとおり、母もそれを望んでいるような気がしたからだ。

 

母の残してくれた家は、思っていたよりも早く売却が決まった。リフォームをしたから状態が良かったのと、今は昔と違って郊外の人気も高いためだった。家を買ってくれたのは、若い母親。なんと、シングルマザーだという。母と同じだ。優しい目をしていたけれど、しっかりとした意志を持った光があった。その人になら、この家を任せることができる。そう思えた瞬間、僕の目から涙が出てきた。

僕は今でも母のことを思い出す。

僕を一人で育ててくれた。病気で早くに亡くなったのがどんなにか無念だったか。もし生きていたら、孫を抱かせてあげたかった。だけど、母はもういない。

 

「おとうさーん!」

娘の声がする。母の残してくれた家を売った資金で、僕たちは一軒家を買うことにした。中古住宅で、小さいながら幸福の満ち溢れた我が家。

そこは、僕と妻と娘、そして――母の住む「幸せ」だ。


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それは、酷い雨の日だった。

父が死んだ。

 

俺たちは三人兄弟で、俺が長男。弟と、妹。

父の死はとても突然だった。車の事故。暗い夜、仕事の帰り、雨で前が見えない中で、父が歩いていた歩道に右折車が突っ込んできたのだ。ほとんど即死だったと、救急隊員が教えてくれた。

俺たちは雨の中、父の搬送された病院へ急いだ。俺たちが到着したときはもう、父の息はなかった。愕然とした。妹の泣く声と、弟の涙ながらにもなだめる声が少し遠くで聞こえるような気がした。まるでこの世界には、俺と、そして父の二人きりのようだった。

父の最後の声も、言葉も聞けずじまいだった。母は俺が小学校の時に亡くなった、病気だった。その時も俺は部活動で、看取ることができなかった。今回もそうだ。俺は悔しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。

葬儀の手続きを済ませて、それからまた、三人で涙に暮れた。家族思いの、いい父親だった。俺たちは一生分の涙じゃないかというくらいには泣いた。

たくさんの追悼客が父の葬儀に足を運んでくれた。俺たちは家を離れて住んでいたが、やはり父の人望はすごいものだった。どの人からも、いい人だった、残念な人を亡くしたという言葉をもらった。俺たちは悲しみと誇りと、その両方を感じていた。

滞りなく父の葬儀が終わり、それから、財産分与の話になった。

財産といってもそれほど多くはなく、些かの金銭と、早くに亡くなっていた母の貴金属、あとは――マンションの一室だった。

マンションは、買い上げてあり、もうローンも払い終わっている。この地域では一等地に建っている高層マンションの一室だが、俺たちには帰る家がある。ここに移り住むことはないだろうと、3人の意見は一致した。

「父さんの残した財産だし、いい人に買ってもらった方がいいんじゃない?」

俺も弟も、妹の意見に賛成だった。俺たちはそのほかの財産と一緒に、昔から父の馴染みだという会計士の先生に相談することにした。

 

法律のことなどなんにもわからない俺たちは、先生のおっしゃることを必死に聞き、相続のやり方、売却の方法、その中でどうしたら平等に、かつ、父のマンションをいい人に販売することができるかを学んだ。それが父への供養になると信じているし、そうなると思っている。

一通りの勉強を終えてから、先生の紹介で、とある不動産会社へ向かった。先生の知り合いの不動産会社だった。

「大変御愁傷様でした」

事情を聞いていた不動産会社の営業さんは開口一番そう言って頭を下げた。優しそうな若い女性で、対応もスムーズだった。一通りの内覧を終えると、そのあと、事務所へ戻って、懇切丁寧に今後のことについて教えてくれた。

先生と営業さんのやりとりを聴きながら、少しだけ、どうして父は先に物件を売らなかったんだろう、と思った。

売却するマンションは父の住んでいたところではないし、考えてみれば、不思議な話だ。

色々な煩雑な手続きをひとつひとつ済ませながら、俺の中でその気持ちは大きくなっていった。

 

まだ買い手は現れてはいないが、とりあえず一通りの手続きを終えた俺は、先生に問いかけた。

「先生」

「はい、なんでしょうか?」

「どうして父は家を先に売らなかったんでしょうか」

「と、いうと?」

「手続きは面倒だし、相続のことだってあるし、自分が住んでいたわけでもないし……。先にやっていてくれた方が楽だったのにって」

その言葉を聞いて、先生は笑った。ちょっとだけ、父に似た笑顔で。

「学んで欲しかったんじゃないでしょうかね」

「学ぶ、」

「家を売ることの大変さや、苦労や、どんな思いになるかを。身をもって皆様にね。いや、あまりあることじゃないでしょう。家を売るだなんてね」

父の笑顔が、脳裏に浮かぶ。

一生勉強だと、そう言って俺の背中を叩いた、父の笑顔だった。

 

不動産会社さんの努力の甲斐があって、父の残したマンションはさほど時間をかけず売却することが出来た。売却相手は奇しくも父の昔からの知り合いで、その事実を知ったそのひとはとても喜んでくれた。家が売れて、やっと父は天国でくつろげることだろうと、思う。

それから、兄弟3人で話し合い、売却した金に関しては9割は自分達へ、残りの1割をボランティア団体へ寄付することに決めた。それも、俺たちにとっては初めてのことだった。

日々、勉強。

そう言い続けた父の笑顔を忘れることなく、そして亡くなってからも家を売るという大きな勉強をさせてくれた感謝も忘れることなく、俺たち3人は、またそれぞれの日常へ戻って行く。

 

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