僕が離婚を決めた理由(妻と僕のバイアグラな関係) | とっぽのブログ

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いつから僕は、妻との間に子どもができることを望まなくなったのだろう?




結婚する前は、漠然と子どもがほしいなあ~と思っていた。


女の子の方がかわいいかな~とか考えたり、休日に娘と公園で遊ぶ自分をイメージしたり。


街で小さな子どもを連れた夫婦とすれ違って、仲むつまじい様子を見て微笑んだりもした。




妻は僕よりも、もっと強く子どもを望んでいたと思う。




それも、早く生みたいと強く望んでいた。




僕と付き合いだした時、妻は39歳だった。


「40歳までに妊娠し、出産したい」と、妻は繰り返し僕に語った。


40歳を過ぎての高齢出産では、ダウン症など生まれた子どもに障害が起きる可能性が高くなる。


妻は、そのことをとても恐れていた。




妻と付き合い始めたのは、一昨年の7月。


妻は8月生まれ(その時で39歳になった)なので、40歳までに妊娠し出産となると、遅くとも翌年の最初には妊娠する必要があった。


仮に1月に妊娠したとすると、妊娠期間は約10ヶ月だから、その年の間に子どもが生まれる計算になる。




結婚準備の段取りは、こんなスケジュールを逆算して決められていった。




8月に結婚を決めたが、さすがに年内に挙式は間に合わなかったので、翌年の1月下旬に挙式を行うことにした。新婚旅行は挙式後、1月下旬から末までの期間に決めた。




結婚式の前に妊娠して、挙式や新婚旅行の最中に悪阻になったら困るので、新婚旅行に行くまでは避妊することにした。


首尾よく新婚旅行中に妊娠することができれば、その年のうちに子どもが誕生となるはずである。




しかし、現実は思う通りには運ばなかった。




計画通り、新婚旅行から避妊を止めて、子作りを始めた。


旅行から日本に帰ってきて、引き続き子作りに励んだが、3月になっても4月になっても子どもはできなかった。




季節は梅雨に入り、そのうちに梅雨があけ、初夏の陽射しが強くなってきたころ。


妻が妊娠する気配は、いっこうになかった。




その頃、妻は夏休みに海外旅行に行きたいと言い出した。


旅行中に悪阻になると大変なので、その辺りでは、一時期、子作りはストップした記憶がある。




余談だが、最初、夏休みの海外旅行には、僕と妻の2人で行く予定であった。


しかし、ちょうどその時、妻と僕の妹の感情的なイザコザ事件があり、僕は自粛の意味を込めて、妻との旅行をキャンセルした。


結局、妻は友人と2人でヨーロッパ旅行に出かけた。




妻が旅行から帰ってきた後、子作りを再開したわけだが、夏から秋になる頃には、僕は妻とのセックスをだんだんと苦痛に感じるようになった。



9月に入って、まだ暑い日々が続く頃、妻の強い勧めで僕は病院(泌尿器科)へ精子の検査に行った。
なかなか妊娠しないのは、僕の精子に原因があるかもしれないからだ。

精子検査は、最低でも3~4日の禁欲期間をおいて行われる。
病院にはアダルトビデオが置いてある個室ブースがあり、そこで専用容器に射精して精子を採取する。
検査では、精液1mg中に何千匹の精子がいるか?とか、運動性はどうか?という項目が調査される。
但し、その日の体調によって、精子の量や運動性はぜんぜん違う検査結果になる場合があるので、最低2~3回は検査をしないと正確なことはわからない。
なお、検査結果が出るまで、確か1週間ぐらいかかったと思う。

僕の1回目の検査結果は、精子の量も運動性も、一般的な成人男性の平均よりやや下回っていた。(これには僕はショックを受けた)

しばらく期間を空けて行った2回目の検査結果は、逆に平均を上回っていた。(これで僕はホッとした)

ちなみに、日本人男性の精液に含まれる精子量は減少傾向にあるようで、検査の基準値となる平均値が下がり、多い少ないを判定する基準値も下げられたそうだ。
旧基準でいくと、2回目の僕の検査結果でも、平均スレスレだったように思う。

とりあえず僕の方は問題なしとなったが、病院に検査に行ったり、それでも子どもができないことに、僕はプレッシャーを感じ出していたのかもしれない。

10月頃から妻も婦人科に通い不妊治療を始めたが、そのことも僕はプレッシャーと感じていたと思う。

すると、次第に僕はED(勃起不全)のような状態になっていった。

プレッシャーもあったし、何だか自分が子作りのためのマシンのような気がしてきて、セックスに興味が向かなくなっていたのだと思う。

一方、妻は婦人科の医師のアドバイスを受けて、一番、妊娠しやすいと思われる日のセックスを要望するようになった。

前の日に「明日は、あの日だから会社から早く帰ってきてね」と言われると、何だか仕事から家に帰っても、また別の仕事があるような気がしたものだ。

11月頃からは、婦人科の医師が指定する日以外は、妻とセックスしないようになっていた。

そんな状況の中、僕のED傾向は強まっていき、ついには、泌尿器科でバイアグラを処方してもらうことになった。

まさか自分がこの歳でバイアグラを飲むことになるなんて想像もしなかった。

ちなみにバイアグラは、飲んでから効果が出るまで30くらい必要である。
また、薬の効きを良くするために、空腹時に飲む必要がある。

だから、会社から帰ってきて、晩ご飯も食べずに、まずバイアグラを飲んで、30分待ってセックスして、終わったらシャワーを浴びて、やっとご飯が食べられるという感じだった。

こうなると、まるでルーチンワークである。

ちなみにバイアグラを飲んでも性的な興奮が高まるわけではない。
ただ身体が物理的に反応するという感じだ。

そうしているうちに、僕の中から子どもを望む気持ちは消えてしまっていた。

なのに、妻には子作りで協力しなければならない。

そうして僕は精神的に追い込まれていったのだろう。


最近の少子化問題を反映して、テレビなどで不妊治療を行う夫婦のドキュメンタリー番組が放映されることがある。
いくつか、そんな番組を見たのだか、不妊治療は、男性にとっては自分の性的能力がある意味、否定されるように感じるなど、非常にデリケートな問題であるようだ。

そのため、長年、子どもを望みながら、なかなか不妊治療に踏み込めない夫婦もいるそうだ。

それに比べたら、僕は不妊治療には協力的だったのではないだろうか?

ただ、精子検査を受ける僕に、妻からもっと配慮ある言葉をもらえたらよかったのに… という思いは残るが…

(つづく)