小学二年生でバレエを始めて最初の夏。
毎年9月に、お教室主宰の発表会が、教室の本部がある中心地のコンサートホールで行われた。
その発表会に向けて、8月の夏休み中に、山間部にあるホテルで3日間の強化合宿が毎年行われていた。
ホテルのロビーにあった熊の剥製が軽くトラウマレベルの気持ち悪さだったのを記憶している。
初めて1人で親元を離れて、知らない人達ばかりの慣れない環境に放り込まれて、特に仲良くしている友達もいないし、不安でしかなかった。
ホテルの玄関前で撮った記念撮影の表情が、その時の心情を物語っている。
好きなバレエを一日中踊れるのは楽しかったと思うけど、進んで誰かと仲良くしようとか、友達を作る意識がなかったので、指示されるまま、スケジュールをこなしていた。
昼食の後の自由時間。
その当時の流行りの、魔法少女系のアニメのぬり絵を広げて遊んだ。
いつも遊んでいるぬり絵。
開いてみて驚愕した。
アニメに出てくるいじめっ子のジャイアンのような男の子を指した矢印の上に、自分の名前が書かれていた。
老人や、顔の醜いキャラクターに、全部矢印と自分の名前が振られていて、直ぐに姉の字だとわかった。
私への嫉妬心と憎しみが、買ってもらってばかりの大事にしていた私物に勝手に向けられて、悔しさと不愉快な気持ちをどうしていいのかわからず、酷いページをめくりながら呆然と眺めていた。
「何やってるのー?見せてー。」
タイミング悪く、同じ教室のメンバーが何人かでゾロゾロと見に来た。
こんなもの、誰にも見られたくない。
見せていいハズがない。
「嫌だ。見せたくない。」
必死に抵抗した。
「なんでー?いーじゃん別に。」
抵抗する私から無理やり引き剥がそうとする上級生。
「嫌だって、やめて。」
数人で無理やり引き剥がされ、奪われてしまった。
思わず頭を抱えてうずくまり、泣いてしまった。
それ以上抵抗出来なくて、悔しくて、見られたくないものを見られる恥ずかしさと悔しさで、立ち上がれなくなってしまった。
「何でこんな事くらいでなくの。まるでうちらが泣かせてるみたいじゃん。」
ってかお前らのせいだわ。
下級生の子泣かせて何してんだよ。
奪いとったぬり絵の内容を勝手に見て、案の定笑い者にされた。
笑い者にされただけでなく、ぬり絵の中に勝手に悪口を書き込まれた。
お気に入りのぬり絵を好き勝手にされて、もう完全に立ち直れなかった。
ずっとうずくまって泣くしかなかった。
回りを囲まれて、長時間ずっと責められつづけて、その様子を見た他の子まで寄ってきてどうしたのか聞いてきた。
「ぬり絵見せてって言っただけで泣き出して、まるでうちらがいじめてるみたいにして、最低やぞコイツ。」
え?え?え?なんか違いませんか?印象操作辞めてもらっていいですか?
寄ってきた人間まで、囲みに参加しだした。
味方は誰1人いない、もう恐怖でしかない。
ホテルの中居さんが忙しく通る。
助けてくれないかな。
「あらー、どうしたのー?仲良くしないと駄目よー。」
思わずすがる様に中居さんを見た。
無情にも、忙しく去って行ってしまった。
「大人が通った時だけ見上げて。」
「うちらが悪いみたいやろ!っほらっ!立って何か言え!」
うずくまる私の両腕を、メンバーの誰かが思いっきり挟み叩いてきた。
バシっ!!叩かれた音と衝撃とで、もう顔を上げられないし、周りをみるのも嫌だった。
全員で1人を囲むと気が大きくなるのか、エスカレートして暴力までされて、やられている事はもはやリンチも同然だった。
ぬり絵1つで小一時間ずっと責め続けられていた。
「えー?何何?どしたん?」
おっとりとした優しい声で、誰かが寄ってきた。
もう誰が寄ってきても怖い。
また参加人数が増えるだけだ。
「この子ずっと泣いてばっかで、まるでうちらを悪者みたいにして。」
だから、印象操作やめい。
「えー?なんでー?泣かなくてもいいのにー。こっちにきて、一緒に遊ぼう🎵」
優しく私の手を取って、周りが何を言っても意に返さず、終始ニコニコしながら
「大丈夫、大丈夫WW。泣かなくてもいいの。」
私を他の遊びのグループに連れ出してくれて、見たこともない遊びを手とり足とりレクチャーしてくれて、一緒に遊んでくれたおかげで、何とかリンチの輪の中から抜け出す事が出来た。
泣きすぎて、暫くは嗚咽が止まらなかったけど、嗚咽するたびに、
「もう大丈夫だから。泣かなくてもいいよ。」
安心感のある優しさで、慰めてくれた。
この年上の女の子。
3拠点ある教室のうち、他の教室の子で絡む事はなかったけど後々に、老舗旅館の後とり娘だと知った。
所作や言葉遣いや物腰の柔らかさで、本物のお嬢様らしい振る舞いが印象的だったと回想する。
合宿が終わって帰宅して、暫くはずっと気分が重くて不快感を背負ったまま、姉に、ぬり絵のイタズラ書きが原因で苛めにあった事を責めた。
姉のイタズラ書きと、新たに増えた私への悪口を見て、姉は大笑いしながら、
「知らんわそんなもん。ざまあやわWW」
ホンマサイコパススギテコワスギ。
「お前ばっかり」
が口癖のような姉は、バレエを習い始めた私に嫉妬心を抱いた様だったけど。
エレクトーンやそろばんはどした?
あまりにもお前ばっかりが続くので、心配した母親は姉と審議をして、お琴を習い始める事にした。
地元の文化祭での発表会は、私がバレエで出演をして、姉は新しい着物を新調してもらい、お琴の発表会で出演した。
リンチの件は、母親に言った所でどうにかなるわけでもないし、取り合わないのも見当がつくので、その後も一切誰にも話す事はなかった。