② 学問観について

 

常々思っていることがあります。それは心理学と文学は似ているということです。人の心について、何らかの手段で統計を取り、そこから導き出されるものによって、解き明かしていくのが心理学なら、文学は、それを物語や詩の形で問いかけていくものでしょう。そして、心理学・文学は、心や人生の在り方に迫っていく点で、哲学とも似ています。これら3つは、相違点もあるが、共通点も多く、切り口の違いが、学問の違いになっているのではないでしょうか。

 

言い方を変えると、どれか一つを突き詰めようとすると、隣接している分野にもある程度は関わることになるということです。全く無関係ではいられないものです。

 

そして、それは心理学に限りません。自然科学系の科目も然りです。例えば、化学や物理では、息をするように微分積分しているので、数学をしないわけにはいきません。今、数学に多大な時間を掛けているのは、理科系科目の土台だと考えているからです(科目そのものに興味があるというのもあります)。もし、「〇〇が好きだから、それだけをやる」という考え方を採用するとなると、先細りした展開になる、あるいは、奥行きのない平板な感じになりそうです。

 

学際という言葉がありますが、学問をしようとすると自然と学際にならざるを得ないのではないでしょうか(昔読んだ受験英語参考書である実況中継シリーズに書いてあったことですが……)。例えば、今、文学をするなら……、文学・歴史学・政治学が関わり合う気がしています。前出の文学・心理学・哲学も成立します(クロスワードパズルで例えれば、「文学」の横枠が「歴史・政治」で、縦枠が「心理・哲学」といった感じでしょうか → 縦横のイメージは要再考です)。また、私見では、「歴史」と「(発達)心理学」にも積集合的要素を感じます。この組み合わせは、本人の興味・方向性に合わせて、無限に変われるものでしょう。ただし、時間は限られているので、まとまったものを心に残していくなら、そう多くは選べません。

 

では、今描いているのは何か?

 

化学・物理・数学・地学/化学・地学・産業・植物/化学・食・生理学・産業/食・心理学・文化人類学・植物……

 

「産業」「食」はどう形容していいか分からず、そのまま書きました。ガチガチに決めているわけではなく、あくまで「今」です。これらを、どう実現していくか、あるいは、どう「選ばない」か。

① その経緯

② 学問観について

③ 過去と未来

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① その経緯

 

最初は心理と教育コースで入学しました。心理学に興味を持っていました(今もあります)。この分野には打算もあり、それは人の心について知ることで、人間関係の構築・維持・回避、または学生対応に資するものがあるだろうという期待でした。それで、放送大学に入る前から心理学入門書の類や男女心理の本は読んでいました(今も読んでいます)。当初は、公認心理師も考えていました。ただ、資格を目指すとなると、望まない科目も修める必要があり、その単位数は、軽視できない量でした。積極的になれませんでした。

 

化学。最初は「カ」の字も意識していませんでした。最初のきっかけは「自然科学はじめの一歩(‘15)」でした。この科目は、全ての理数系科目の「触り」だけだったので、物足りなく、単位認定試験が済んでも、もう少しやってみようと思っていました。高校生のとき、理科系の科目はことごとくダメで、特に化学は控えめに表現して「やばかった」です。しかし、そこまで自覚しているのに何もしないというのもどうかと思い、挽回するなら「今」だろうと考えました。「やってみよう」という気持ちの原体験は「初歩からの数学」です。高校時代、数Ⅰでストップしていましたが、20年度第2学期(入学後最初の学期)に第14章微分まで進んだときは達成感がありました(第15章積分は単位認定試験終了後に着手しました)。

 

その後、理科系科目の復習は、生物 → 地学の順で進み、それとは別に「教養で読む英語」の第14回で化学「熱力学第二法則」が紹介されました。難解ながらも未知の世界を感じました。それで、別の1冊を経てから、『鎌田の化学基礎をはじめからていねいに』を手に取りました。この本のおかげで、それまで分からなかった化学(の入り口)が分かるようになり、その勢いで「初歩からの化学」を履修しました。この「初歩からの化学」は洗礼でしたが、結果的には、単位認定されていたので、もう少し進めてみることにしました。ちょうど、学問分野としては心理学に保留の気持ちを抱き始めていた頃でした。それで、コース変更も可能性として考え始め、やがて踏み切りました。化学は勉強が進むにつれて、背後にもっと大きな世界が広がっているのを感じました。一つ一つの科目がつながり始めたというのでしょうか。

『壁』を読み終えました。読むのは2回目で、前回は28年ぐらい前のことです。そのときの感想は「何だこれ、全然分からない」でした。元々、代表作を読んだときの衝撃がすごくて、他の作品にも手を出したクチでした。

 

『壁』を読んで今回感じたのは、「すごいのかもしんないけど、こういうのを “すごい” って言っていいの?」という躊躇です。「年齢重ねて、受け止め方が変わったんだな」という感慨と、「丸くなっちゃったんだな」という再確認です。

 

『壁』は、ある日名前をなくしたことで、生活に不便をきたすところから始まります。その喪失感を埋め合わせるように、心に砂丘を宿します。失ったものと引き換えに、目にするものをそこに吸い込む能力が備わり、そのために思わぬ誤解を招き、裁判で裁かれそうになります。しかし、名前がないために法の適用も保留になり、それから、世界の果てへと逃亡を試みます。そこは壁に占められていた心の風景……これが第1部(全3部)です。こういうのをポストモダンというのでしょうか。正直、この分野は苦手で、伝統的な小説(極端な寓意性やシュールな話のつながりではなく、現実的にストーリー展開されるもの)の方が好みです。

 

『壁』は、何だか圧倒されている感じがある一方、腑に落ちないものもあります。それは、前情報など何も知らずに接しても、同じ印象を抱けるのかという疑念です。前回の時点では、見たことはなかったのですが、今回、読みながら、デイヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』を思い出しました。カルト的名作と言われていますが、よく分かりませんでした。監督の名前を伏せていたら、あるいは、その評判を知らないで触れたのなら、途中で見るのを止めていたかもしれません。

 

『壁』の解釈などは、今ではインターネットもあり、読み解きサイトなどを見れば、“分かる” のかもしれませんが、分からないままでいるのも読み方です。それは、勇気が要ります。『壁』に突き付けられているのが自身の限界だからです。何でも分かろうとすると、何ものでもなくなってしまうのではないでしょうか。「できない」ことを受け入れるのは礼儀です。

 

『壁』の他にも、読みたいものはまだあります。「段ボールをかぶる話」「失踪者を追跡する話」「病院の話」「代表作」「デビュー作」。デビュー作以外は読んだことがあります。ここには挙げていませんが短編も文庫収録のものは読みました。何だかんだ言って、読んでたんだな。

勉強時間[履修登録科目1,068分/既習科目264分]

 

「がんを知る」301分

第2回 ディスカッション/レポート/復習/40問テスト

40問テスト[90%(36/40)]

 

「中高年の心理臨床」113分

第10章~第15章(2周目読み)/提出型問題・自習型問題(2回目・見直しとしては初回)/過去問(2回目)

過去問(2回目)[95%(19/20) 22前(9/10) 22後(10/10)]

 

「分子の変化からみた世界」237分

第5章・第6章(2周目読み)/第07回 酸化と還元/第08回 分子軌道から見た化学反応

第4章までは3周目読みでしたが、第5章からは2周目になります。

 

「植物の科学」333分

第2章~第9章(2周目読み)

 

「初歩からの物理」84分

第01回 物理の見方・考え方/第02回 物理のための数学

 

「現代を生きるための化学」は何もしませんでした。 

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「初歩からの数学」264分

「白チャート(数Ⅰ+A)」5章 2次方程式と2次不等式(途中まで)

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 筏田かつら(2017年)『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』『君に恋をするなんて、ありえないはずだった そして、卒業』宝島社文庫

 

ラノベ・ラブコメで検索していて、辿り着いたのですが、読んでみたら、そのどちらでもありませんでした。正真正銘の正統派純愛小説です。

 

最初は意識していなかったが、気づいたら相手の存在が特別な位置を占めていたという筋書きです。脱力感のある場面はありますが、軽くなるわけではなく、メインに描かれているのは揺れ動く繊細な感情で、全体的には落ち着いた雰囲気で淡々と話が展開されます。

 

既にコミック化されているようですが、映像化もされるのではないでしょうか。シリアスものなので、描かれる場面はしっかり描かれています。青春時代は陰キャだったので、かなりの覚悟を要しました。