昨年6月に発行された時に著者から送って頂いて印象深くよませて頂いたのだが,なかなか感想を書けず,その後2回読んでも書けなかった.当方にとって強烈に思われたのは,長崎の1945年8月9日の原爆投下の状況を具体的に書かれていることだった.広島の原爆投下はかなり知っていたが,長崎については初めてだったので地形図を見ながらこの小説を読ませてもらった.

 

主人公は,長崎市の北西にある岩屋山の中腹に高射砲台座を作る作業に5名と共に当たっていた.空襲警報が鳴り敵機影から物体が投下されるのを見て同僚は防空壕に入ったが主人公は時間が足りないと判断してすり鉢状の底に身を潜めた処へ閃光と少し遅れて轟音,そして爆風が襲った.静かになってから底から這い出て防空壕を見ると,入口が爆心方向に向いており内部には黒い塊になった4人が居た.その後,南西斜面を降り大回りして市内に入り息子が通う国民学校と妻が勤務していた医科大学病院へ行くが両名共命は失われていた.

 

この本にはもう一編,「海,バンカに揺られて」が収録されている.これはフィリピンの留学生の現地への調査の過程で,一晩,見知らぬ老人に「村上少尉殿」と呼ばれて歓待を受ける.実はこの「村上少尉」というのは獣医をしていた著者の父親で,その遍歴が書かれている.先輩教授の元座さんや同僚教授の渋教授が出てきて雰囲気がなんとなく伝わる.もう80年近い昔になる戦争が残した傷跡について書き残さずにはおれなかった内容だろうと思った.