全然専門からは外れるのだが,富山のTさんから,当方が書いた黒部川花崗岩のブログを見られて飛騨山脈の隆起との関係をどう思っているか,との問い合わせがあり,少し文献を眺めてみた.

 

私は,原山グループの説(黒部川花崗岩体は東へ傾動している)を一応正しいと思っていたのだが,昨年出たIto et al.(2021) Sci Repの年代学論文では,傾動説に否定的で花崗岩体を始めとするマグマの浮力で上昇・隆起した,と考えている.

 

及川(2003)第四紀研究,は彼の学位論文の一部とのことで良く書けていて面白い.隆起の原因として,

① プレートテクトニクス起源の水平圧縮応力による(Fukao and Yamaoka, 1983, Tectonics)

② 地殻に貫入・蓄積されたマグマによるアイソスタティックな隆起(池田,1990 地震、1996 月刊地球)

③ マグマの熱により弾性的な厚さが薄くなった地殻が水平圧縮力で座屈した(山岡,1996 月刊地球)

の三説を挙げている.彼はこの地域に関係する火成活動の年代と,周辺の堆積盆に供給された礫層の層序を詳細に検討して,火成活動と礫の供給は良い相関を持っており,2.5-1.5Ma(Stage I)と0.8-0Ma(Stage III)に両者が活発であり,途中の1.5-0.8Ma(Stage II)は不活発であった,とのこと.つまり飛騨山脈の隆起は2度活発化しており,その時期には火成活動も活発であった.

モデルとしては,Stage Iについては②のマグマ隆起説.Stage IIIについては③の弾性地殻の薄化で圧縮応力で座屈隆起した,と考えている.

 

以前から私は北アルプスの隆起軸と火山分布がずれているのが気になっていた.つまり北アルプスの北部では隆起軸と火山が合致しているのだが,焼岳から南へ行くと乗鞍・御岳は基盤の隆起はそれほどでもなく,むしろ南東に隆起軸が続いて,鉢盛山から経ヶ岳,中央アルプスへ連続しているように見える.昔,ランドサット写真の中部地方を買ってハレパネに貼って眺めて最初に気付いた.そうだとすると,本当にマグマの存在が山脈の隆起に主要な浮力を与えたのか疑問に思える.だいたい,大規模なカルデラの姶良,阿蘇,十和田,有珠,タウポ等々,大規模マグマ溜りがある処でも顕著には隆起していない(まあ張力場だからというのもあるでしょうが)というのもあります.

 

ということで,私は飛騨山脈は基本的に①の圧縮応力説に一票を入れたいと思うのです.

 

今は地殻変動のシミュレーションも浮力を入れて詳細に出来るでしょうから,どの説が正しいのか,判定もいずれされると思いますが,①だとするとやはり野外調査・探査で断層面をきっちり決めないと決着が着かないのかも知れません.

 

㎰ 10月8日にTさんからメール頂いて,北アルプス地域では横ずれ断層活動が多く見られているとのこと.境峠・神谷断層,立山周辺でスゴ谷断層など,中房温泉付近の信濃坂断層,などなど.添付された佐藤・原山(2015)地質学会講演要旨では,高瀬川断層は上高地梓川流域では明瞭なものは認められていない.ただ思うに,これらの活動は現在に近い処で起きているけれど時間を長く(Ma単位)取った時はどうかな,とも思う.福地(2020)山梨大教育紀要を見ると,安曇野盆地の地震活動は東縁部に集中していて西側の山腹にかけては全然地震が起きていない.結構不思議.まあ,盆地の堆積物の下がどうなっているかは問題なのかも.

 

ps2  河野ほか(1982)地震のFig3のブーゲ異常図を見ると、松本付近からN10W方向に西側が低い直線状の急遷構造が50km位続いているが、現在地震は起きてはいない。時空スケールで見て何が原因で隆起が生じたものか、なかなか大変そうだ。

 

ps3 少し検索していて,西村(2013)北アルプス穂高連峰の隆起に関する測地学的検証.国土地理院時報,というのがあるのに気付いた.これによると一等三角点「穂高岳」でGNSS観測を行ったところ,1999年,2005年,2008年の三回の観測では平均年間約5㎜の隆起が観測された,とのこと.ただ,2011年の東北地方太平洋沖地震の後は8㎜の沈降.引用文献にあった村上・小澤(2004)GPS連続観測による日本列島上下地殻変動とその意義.地震,を見ても結構複雑な上下変動分布になっている.なかなか一筋縄では行かないようだ.(2023.3.24)

 

ps4  K大図書館に行ったら新刊で,酒井治孝著『ヒマラヤ山脈形成史』東大出版会があったので借りて眺めている.さすが,規模が大きいし世界の研究者が検討していて,15章「ヒマラヤ山脈形成のメカニズムを探る」では地震トモグラフィも取り込んで大規模なインドプレートの下付けが生じるモデルが示されている.日本の北アルプスの場合は規模が桁で小さいので地球物理的な観測誤差があるだろうし,スッキリしたモデルは難しいのかもしれないが,参考にはなりそうだ. (2023.4.20)