GONの遠吠え・・・
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入院・手術・退院・そして……

アキレス腱断裂から土日を挟み、地元の医療センターへ。受診すると、明日入院してください、即日手術です、と…展開速っ!

手際の良いオペ。ガッチリと縫合して頂いた。右手が握れない自分の為に、医師はアキレス腱装具を勧めてくれた。オペ直前に採寸。完成は1週間後。つまり、その間入院…まあ仕方ない。高校の同級生が何故かその病院に居たのには驚いたが、その彼のお陰でなかなか楽しく過ごせた。

退院日、装具を着けたらいきなり普通に歩けた。そんなに早く歩かないでくださいと医師が苦笑してた。

実は、この話には伏線がある。
本当に不思議な巡り合わせなのだが、退院後、自分はこの病院に勤務する事が決まった。期せずして同時進行になったのだが、アキレス腱断裂前に履歴書を送付していた。以前から転職を考えて居たのだが、まさかこんな展開になるとは…。

いやはや…
こんな事があるから人生ってのは面白い。


一難去って…(´∀`;

春先に、昨年末に発症した腓骨神経麻痺が完治した。
その後、ウォーキングを再開したり時々プールに行ったり…。

昨年から学び始めた地元の古流剣術は、分派の道場に移った。そこの師が元いた道場の師範代の師匠であり、技も確かなものを継承していると判断したから。
さて、やるぞ!と思ってた矢先だった……。

形稽古だけの居合や剣術をやっていても、実戦的とは思えない。その居合や剣術の世界に足を踏み込むキッカケとなったスポーツチャンバラ。体作りのためにも再開しようと思い、復帰したその日…。

何回かの乱取りをこなし、大刀から小太刀に持ち替え、接近戦を始めた時。相手の攻撃を交わして後ろに下がった途端……
ドカッ!!という衝撃が右カカトに……。

誰かとぶつかったのかと思った。
接近戦では良くあること。しかし、周りには誰もいない…え??
わ…まさか…
そう、そのまさかの、アキレス腱断裂…。
なんてこった……(;´艸`)。
ただ、自力で立てる。テーピングして固定したら歩けた。家族に迎えを頼んだ。この時間に救急で駆け込んでも、レントゲン撮って湿布するだけ。
という訳で本日受診。わずかに繋がっている不全断裂…。
ただし、外科的療法で繋げる方が治りが早いとのこと。つまり手術。
来週数日入院らしい…。

まあ、仕方ない。
誰もケガしたくてするヤツは居ない。
壊れたら治す。
焦らず行くさ〜〜(*'へ'*)。


ともだち……

一生の友達……
人にそう言われた事は何度かある。
血の繋がりは無いけど、妹のように可愛がってたヤツもいた。異性でも親友と思えた人も居た。

でも、その多くは離れた。
どんなに近いと思った存在でも、いや、近いからこそ、言葉には気を付けるべき。
一言で、どんなに深い友人関係も壊れる。
オレに非がないなどという不遜な事は言わない。もちろんあるに決まってる。
しかし、相手の人格まで否定するような言葉を吐いた事はない。それを言われるという事は、関係の終わりを意味する。

一番星ブルース。いつもライブで歌う曲。
「所詮通わぬ道だけど
惚れたはれたが交差点」

好いた惚れたの関係じゃなくて、相手が異性であっても、人と人の信頼関係というものがある。それを形成するのは、やはり相手に対する思いやりと、それを表した言葉だ。
何度もケンカして、また連絡を取り合うような人もいる。それっきりになる人もいる。それっきりの人は、所詮それまでなのだと思う……。一瞬交差しただけ。人気マンガのタイトルを借りるならば、人間交差点ってヤツか……。
その後交差するかどうかなんて誰にも分からない。もう二度と会わないかも知れないと思うからこそ、言葉と思いを尽くして接する。それが一期一会の心。

結局、距離感…なんだと思う。
割と人の面倒を見たがるタイプなのだが、重たくなるほど依存されるのは嫌だし、何より無理がある。ちょっと間が空いても、どうよ?最近元気?みたいな方が気が楽だな……。

去る者追わず。来る者拒まず。
止める気も無い。追う気も無い。
誰も周りに居なくなったら、オレもそれまでの人間という意味なのだろう。

名残雪…

春浅く
冬の名残が 白く舞う
トレンチコートよ
また出番だと

                    荒間  蒼海

朝、まさかの雪が舞う。
積もるようなものではなく、北部で降ったものと、薄っすらと流れて来た雪雲からの名残雪だろう。
ここ数日寒い。仕舞おうと思っていたコートの袖に再び手を通す。

桜は二分咲き。
群馬の東南部は東京と同じ。こちらは一週間遅れる。
山間の北部になると、ゴールデンウィークが見頃になる。群馬ってのは、そんな地形だ。奥地じゃ3mもの雪が積もる。4月の雪なんてのも、たまにはある。
そう言えば、息子の高校の入学式には積もったっけな。あれから四年…早いもんだ。

満開は週末かと思ってたけど、来週に先延ばしになりそうだ…….。

腓骨神経麻痺・その後……

クリスマスの、突然の脚の麻痺から1ヶ月以上経った。腓骨神経麻痺なんて病があるとは……。

足首は伸ばせるが手前に戻せない状況が数日、その後少しずつ動くようになって来た。
とは言え、カカトで立とうとすると、右足がペタン!と着いてしまった。力が入ってない。

整体院での治療と指導数回。
整形外科ではビタミン剤を投与されたが、あんなものは効かないよと一言(´∀`;。
それより、ストレッチと負荷をかける事と言われ、日々の暮らしの中でちょっとしたリハビリ、ストレッチを続けている。
クルマの運転は問題なく出来る。乗り始めの数日はしっくり来なかったが、つま先を持ち上げる事が八割方出来るようになって来たので問題なし(マニュアル車だけどww)。

いつどこでどんな事態に遭遇しても、どんな状況になっても、肚が決まっていればブレる事は無い。自分が武道に携わるのはその為だから。刀を振る事はあくまでも手段に過ぎず、ブレない軸を創り上げる事を目標にしたい。
今日もリハビリ、励みますかねぇ( ̄▽ ̄)。

そろそろ…

潮時かな?
撤退する事もそろそろ視野に入れておいた方がいいね。

ライブ、そして総腓骨神経麻痺……

岐阜県の友人の紹介で、23日にクリスマスライブをやる事になり、22日に名古屋経由で移動した。

いつもの如く酒を飲み、地元の土手煮などを突っつきながらほろ酔いに。宿に戻って風呂、翌日の支度をして床に着いた。
トイレに起きたら脚が痺れたようになり転倒しかかる。脚を変な位置にして寝たせいかと思い再び寝た。

翌朝、同じような事に…ここで異変に気付いた。右足首が…動かない。脳疾患か!?と思い、教会側の代表Iさんに電話。実は彼女は看護師さん。さすがの対応。彼女の運転で地元の救急病院へ。
何としても歌わなくちゃと思いながらも、身を任せるしかない……。

しかし、予想された脳疾患では無かった。CTとMRIは異常無し…それが一番安心した。では、何か??わからない…。
ひとまず、教会に向かう。間に合った。教会の皆さんにも伝えて頂き、祈って頂いてた。感謝。

動揺を抱えながらも、歌い始めたら普段の自分。トークと歌、ギターも好評だった。感謝!

終了後に調べてわかった。
総腓骨神経麻痺…。膝下ふくらはぎの外側から脚の甲に掛けての弱い痺れ。何らかの要因で神経が圧迫され、運動障害が起きて居る…。明らかに症状が一致する。
伸ばすことは出来る。しかし、引き側がわずかに5センチ程度動くだけ。靴の脱ぎ履きが手間取る。歩く事は出来る。クルマの運転も何とか出来ると思う。
駅の階段で荷物をたくさん持って転倒したら二次災害…心配したIさんが車で送ってくれる事になった。もう、何から何まで世話になってしまった。切符を払い戻し、せめてものお礼にクルマを満タンに。一路、群馬へ…。

明日、整形外科に行って精密検査と治療…かな。本当に、人生には何があるかわからない…。

最後になったけど、Merry Christmas!! 皆さま、佳きクリスマスをお過ごしください。


ライブ当日の様子。
動揺はあったけど、何とかやり通す事が出来た。感謝。



送ってもらう途中の駒ヶ岳。
冬山の美しさに癒される…。

呑み鉄…♪

ドラマ「相棒」の米沢鑑識官役で有名な六角精児さん。
時々NHK BSでやってる「六角精児の呑み鉄本線」、見ていていつも憧れている。いつかあんな風にノンビリとローカル線を乗り継ぎながら飲んだくれたいな〜、と…。

実は六角精児さん、弾き語り歴も長く、自分でバンドも組んでいる。
その呑み鉄本線の挿入歌がこれ。
「お父さんが嘘をついた」

こんな歌、聴いたことない(^_^;)。

♪  若い頃からの
不摂生がたたり
尿酸値が異常に高い
痛風になったようだ
医者から 食事制限を告げられた

だけど……
好きなものは
なかなかやめれず
塩辛 エイヒレ  アン肝 コノワタ
今日もオイラは痛風に怯える……

何て沁みる歌なんだヾ(≧▽≦)ノ。
リアル過ぎるwww。



He's gone...

旧約聖書 箴言16章8節より
「稼ぎが多くても正義に反するよりは、僅かなもので恵みの業をする方が幸い。」

収入が幾らあったとしても、彼にはnoblesse oblige、地位ある者から弱者への慈しみ、思いやりが無かったということ。
「やっちゃえ、日産」
いや、やっちゃったオッサンになっちまったww。

平たく言ってしまえば、3000年近く前にソロモン王の言葉を記したとされるこの旧約聖書・箴言の時代と現代、人間の中身というものは大して進歩してないという事の表れである。

そんな富など自分には無縁だが、己の弱さを知った上で、弱者に向ける目を忘れないで居たいと願う…。


備忘録として……

FBでの過去記事より転載。
備忘録としてこちらにも記載させて頂く。


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最近ある方と武道・武術についてのやり取りをしたのだが、それについて考えた事を少々…。

自分は、かつて所属した流派の関係から試斬をする。ただしその回数は格段に減った。
固く巻いた1畳分の畳表、いわゆるゴザを切る。便宜上巻藁と呼ぶが、何故これを切るのか?切った時の抵抗や手応えが人体を切った時と感覚が似ているのだそうで……。

自分が聞いたのは、1畳分の巻藁を水平に切るのは、人間の首を落とすのに等しいのだとか…。3本まとめて切ると胴体に等しいという話も聞いている。

ただし……
どんなに切ったとしても、上手く切る事が出来たとしても、あくまでも、静止した状態の仮想敵である。問題は、動きのある相手に対して同じ技が出せるのか、そして致命傷を与える事が出来るか、戦闘能力と意思を奪う事が出来るかという事だと思う……。

物を切るという行為は、ハッキリ言うと一般人受けする。居合の形は、あくまでも目の前に実際の敵が居ない、仮想敵想定の技であり、「敵」が見えない分分かり難いと思う。

しかし、大道芸的なものが持て囃されるのは…いかがなものかと。
そういった方々の切り技が確かなのは認めるが、そのような人に限って他流の批判をSNSなどを使って繰り広げたり、断定的に物事を決め付けて書いたり……。
他流の批判など、すればするほど自身を貶めるだけなのに…。

我執を捨てる。
修行者にとっても、これこそが一番の難関。もちろん、自分の課題でもある。自分の技こそ正しいなどと、思った事も無いしそんな事があるはずも無い。

聖書の中にも、イエスの12人の弟子たちが互いに言い争う場面がある。誰が一番偉いのか、と…。イエスは、人の先に立ちたいと思うならばまずしんがりになり、人に仕える者になれ、と説いた。謙虚であるべし、と。

謙虚という言葉から、先般天に召された、小野派一刀流ご宗家であり駒場エデン教会牧師の笹森健美師の事を思い出した。
新陰流と並び、徳川将軍家の剣術とされた一刀流。しかし、その技の根底にあったのは、あくまでも謙虚な姿勢であると思う。笹森師の物静かな謙虚な姿勢は、一度お会いしただけの自分にも鮮烈な印象がある。

やはり、
「実るほど  こうべを垂れる  稲穂かな」という句の通りなのだなと再確認させられた。

刀を振ってその怖さを知る。
そして我執の怖さを知る…。
道は、深くて遠いなと思う…。

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