石油産業や大規模農業など自然の恵みを奪い取る産業、自動車や高層ビル、原発、アルコールなど大きな外部不経済を生むビジネス、プランテーション農業や強制労働など搾取にもとづくビジネス。環境や社会全体で考えると必ずしもプラスにならないビジネスは結構多い。そうではない分野は何が挙げられるだろうか?

 まず思いつくのは数学。紙と鉛筆だけで、自明でない発見を重ねていくのはイノベーションのモデルである。真理を探求する学問は同様である。また、ジョギングも気分が良くなるが環境負荷がほぼない、近年の優れた発明だと思う。サーフィン、スケートボードなどもこの類いである。

 そう考えると、江戸時代に流行った芸事は、素晴らしい発明だったと思う。身分の違いを超えて同好の士が集まり、ひたすら芸事に励み楽しむ。連歌、謡、茶道、琴、園芸、三味線、算術、囲碁、将棋、書道、絵画など、嗜む多くの人々の効用を高め、収奪や外部不経済もない。道具の生産・流通といった関連産業も潤う。

 成熟した社会では文化が発達するように言われている。生産性が上がって余暇が生まれたから、というのが一般的な説明である。でもそれだけではなくて、成熟した社会は、その持続可能性を損なうような収奪や外部不経済を生まない暗黙の制度が働き、イノベーションの方向も規定しているからなんだと考えられる。

 その制度は、単純な貨幣計算ではなくて、知的あるいは美的な効用を捉える、収奪や外部不経済も考慮する、といった価値基準が不可欠である。いまだけ、ここだけ、自分だけという今の風潮とは対照的である。