3月11日

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3.11
あれから7年ですか。

あの日
私は南大阪にいたので
地震すら気づいていませんでした。

仕事を終えて携帯を見ると
複数のメールがあり
全て「地震大丈夫ですか?」でした。

意味が分からず事務所に電話すると
東北方面で地震があったとのこと。
自宅方面もかなり揺れているらしい…と知り
急いで電話しましたが不通…

1時間後に家から電話があり
やっと繋がったとの事…

その間に携帯で見た津波の映像…

この日本で
とてつもない災害が起きた事がやっと分かり
ホテルに入ってから
テレビの前から離れられなくなりました。

その震災から10日後くらいに
名古屋のKさんと話し合い
大船渡と気仙沼の児童養護施設に
支援物資とお見舞い金を持っていくことを決めました。

関係筋に連絡し
寄付などの理解とお願いをし
震災から49日目に車を走らせました。

このブログも
そこからスタートしたので
当時の事は遡って見てください…

この日がくると
児童養護施設の所長が言われた言葉や
ぐちゃぐちゃになった街並み…
匂い…
丘の上でたたずむお爺さん…
持っていったオレンジを喜んでくれたお婆さん…
溢れ出す涙…

どうしても思い出します。

被災された方々の悲しみや苦しみは
こんなものではありませんよね…

そこをこらえて
立ち上がろうとしている姿には
頭が下がります。

亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に
いま立ち上がろうとされている方々に
心からのエールと
自分なりに出来ることをしていこうと誓う一日となりました。