2017年03月21日

不妊治療のあとさき2

テーマ:上京後

移植が失敗したあと、順調に事も無げに生理はやってきて、次はまた採卵からやり直しということになりました。
しかし、この月(7月)はなんと、自身の結婚式というイベントがあり、どうも採卵予定日とばっちりかぶりそうという運の無さ。家族だけのイベントとはいえ、さすがに半年前から決まっていた結婚式をずらすわけにはいくまいて……。

 

さて、話は少し前後しますが、判定日で撃沈した後、わたしは目にも止まらぬ早さで、友人がそこに通って妊娠できたという某鍼灸院に予約を入れました。
そこで云われたのは、「ああ、この体じゃ妊娠はできないよ~」
先生曰く、卵は半年前のコンディションで決まってくるから、最低でも3カ月は通わないと卵のコンディションは改善されないとのことでした。
ホルモン値がよければいいというものでもないんだよ、とも云われました。まあわたしは、ホルモン値が特にいいわけでもないんですが……。
しかし、そんなに自信満々に「妊娠できない」と云われても、具体的になぜできないのか説明があるわけでもないので、今いち腑に落ちません。
このときはまだ生理が来ていなかったので、「生理が来たらまた変わるかもしれないけどね」と云われ、何が何やらわかりませんがとりあえず落ち込んで、帰路についたのでした。

 

さらに、春ごろに久しぶりに会った同い年の友人が、7年不妊治療したという大先輩(無事に出産)だということがわかり、そのうちご飯でもと云っていたのを早急にアポを入れました。
春に会ったときはゆっくり話す時間もなかったのですが、いったいどんな気持ちで、どうやって乗り越えてきたのか、教えてほしかった。でもまだ、そのころは自分の気持ちにも余裕があったのです。友人にも「とりあえず胚盤胞になってるなら希望あるよ!」と云われ、タカをくくっていたところがありました。
しかし移植に失敗して、わたしは心の拠り所をなくしていました。経験者である友人、わたし以上に苦しんだであろう先輩に、具体的な指針を得たいという切実な気持ちが瞬く間に溢れてきました。
すでに出産して子どももすくすく育っている友人は、不妊治療はひととおりなんでもやったというだけあって、1冊くらい本を書けそうなほど熟知していました。
結局のところは、あきらめずに採卵と移植を繰り返したことなのでしょうが、成功した周期でなにか思い当たることがあるとすれば、ホットヨガに週3回くらい通うようになったことだとか。
「鍼も漢方もやってみたけど、わたしにはあんまり効果が感じられなかった。でも、運動すると単純に体も気持ちもすっきりするし、それがよかったのかもね~」
なるほど……。わたしは毎日自転車通勤していることですっかり運動している気になっていましたが、聞けば自転車なんてウオーキングの10分の1くらいの運動量しか無いらしいしなあ……。

 

8月になり、採卵に向けて粛々と病院に通う日々が続きました。
ところが今度は、またしてもホルモン値がうまく上がらずに採卵予定日がずれ、難航した末やっとのことで決まった撮影日と重なるという事態に……!!!
今さら撮影はずらせない、しかしまた採卵を見送るのもつらい……。会議で移植を見送ったことはいまだに後悔しているのです。
わたしは、無い頭をフル回転させて、うまいこと撮影を抜け採卵し、再び現場に戻るプランを緻密に立てました。その撮影には、広告主が絡んでいるため、その人たちが来るまでには絶対に戻らないといけない。しかし、さいわい物撮りだし、セッティング中なら、カメラマンさんと調整して抜けられないこともない。さすがに最初から不在にはできないけれど、頭だけ立ち会って、しばし抜け、広告主が来る前に戻る。さいわい、スタジオは渋谷で、病院が表参道。自転車を爆走させれば行けないことはない。
カメラマンさんのご厚意(と云ってもさすがに病院のことは話していませんが)により、わたしはまんまとこのプランを遂行することができました。そして、採卵結果もこれまでで最高の10個! 採卵日がずれた際に、すかさず鍼灸治療を入れたのもプラスに働いたのかもしれません。むしろ卵が採れすぎて多嚢胞性卵巣症候群の疑いがあると云われたくらいです。

 

しかし、それで生半可に喜ぶことはできません。すぐに試練がやって来ます。
採卵の翌日、翌々日、そして5日後に卵の経過を確認する電話を入れるのですが、これがもうほんとうにつらいイベントです。
だいたい、10個採れたって、どんどん脱落していくのです。まず受精できない、受精しても分割できない、分割しても止まってしまう……。そして誰もいなくなった……というね!
ところが、このたびは、なんと4つが胚盤胞になりました。電話口でしばし呆然としたほどの好結果に、わたしは、もし妊娠できたらあのときのカメラマンさんに真っ先にお礼を云おう! と迷惑な決意を固めました。

そして、その勢いのまま同周期で移植を試みましたが、ホルモン値(エストロゲン)が低く、あっけなく見送りになりました。
またホルモン値ですか!なんだよ、もう閉経が近いのかよ……??
 

わたしは、現在の自然周期から、ホルモン補充周期(薬でホルモン値をコントロールする方法)に切り替えることに抵抗がありました。

薬を毎日規則正しく飲み続けられるかどうかにも不安がありましたが、もし妊娠したら2カ月間、5日おきに病院に通わなければならず、その日は1日もずらすことができないという厳しさを何よりも心配していました。ただでさえ不規則な仕事で、今だって必死で調整しているのに、2カ月間も縛られるなんて……。あとは、投薬によってまた治療代が跳ね上がることも懸念材料でした。
しかし、自然周期ではホルモン値が上がるかどうかもわからず、移植日の当日まで移植できるかどうかわからない、値が上がらなければ見送りという不安定さは明らかにデメリットではあります。

 

9月は、夏休みを取ってフィリピンに行くことにしたので、移植は見送りました。
またそんなことで! と叱責されそうですが、見送った周期は、精神的にはとても楽なのです。まあ薬は毎日飲まねばなりませんが……。
その代わりというわけでもないですが、ホットヨガを始めることにしました。もう、溺れる者は藁をも摑む典型的な行動です。鍼灸は結局、月に3回程度通ったものの、場所が微妙に遠いのと、体が変わったともなんとも云われないままただただ通う曖昧さに疲れ、フェイドアウトすることに……。
そして翌月、自然周期かホルモン補充周期かを決める日がやってきました。わたしはまたも例の友人にアドバイスを請いました。
彼女はさすがに7年も治療して結果を出しただけあって、云うことがいちいち理に適っています。
曰く、「5日おきは確かにたいへんだけど、その時点ではもう妊娠しているわけだから、妊婦として堂々と病院に行けばいいと思うよ。それに2カ月前にあらかじめ通院日が分かっているなら、仕事の調整もかえってしやすいんじゃない?」
そうか、確かにそうだ……。今までは、不妊治療というあやふやな内容の病院通いにどこか後ろめたさみたいなものを感じていたけれど、晴れて妊娠すれば正々堂々、通院してよいのではないか。それに、2カ月も先の予定はさすがに仕事のことだって決まっていないのだから、治療に合わせて予定を立てていけばいいではないか。

 

それでも、いざ次の周期が始まる際は、ギリギリまで躊躇っていました。
最終的にホルモン補充周期を選択することにしたのは、自然周期との値段の差はかかっても1周期で3万円くらいだということが分かったからでした。
いや、冷静に考えたら3万円でもそれなりの出費なんですけど、この治療をしていると、金銭感覚は完全に狂ってきますので、ああ、それくらいなら、ギリギリまでホルモン値に振り回されるリスクを避けるために払っても許せるか……と考えてしまうのでした。
この月は引っ越しもあり、またフィリピンで患った風邪が長引いて心身ともにかなり参りましたが、病院で「どうしますか?」と選択を迫られた結果、半ばやけくそで「(ホルモン補充周期を)やります!」と答えたのでした。
移植までの道のりは、まず生理2日目に通院し、そこから「ジュリナ」という薬を、8時、16時、24時という決まった時間に飲みます。特に仕事中の16時などは忘れる可能性大なので、1日3回アラームをセット。どうか込み入った仕事のときに鳴りませんように……と祈るばかりです。
さらに、「エストラーナ」という腹に貼るテープを渡され、1日置きに張り替えます。1枚が直径3cmくらいあるピップエレキバンのようなテープを、8枚も貼らねばなりません。それも、1日置きに、右→左→右→…とはがす順番も決まっているのです。嗚呼めんどくさい、そして痒い! それもこれも、更年期の予習だとでも思えばいいんでしょうか……。

 

移植の段になって、4つあった胚盤胞の1つがひっそり死んでいたことが分かりました。
この件において悲しまない心を長らく育ててきたわたしにとって、胚盤胞とはスーパーマリオの1機くらいの感覚でしかなく、命がなくなったという重みはありません。ただ、シンプルに「もったいない……」と思うばかりです。
採卵もさして痛くはないですが、移植に至っては当日安静にする必要もなく、まあちょっと大げさな注射を打ちに行くようなものです。この日も移植後すぐ、会社に戻りました。
そして、ここからはまた新しい薬を処方され、毎日飲みます。人生でこんなに薬漬けになった期間があったでしょうか……。
移植も2回目なので、前回のように判定日までのわずかな体調の変化を“兆候”と捉えて検索魔に陥ることは控えました。

 

判定日は折しも、入籍した日でした。
いい報告ができたらなあ……と少しは期待もしながら、午前中の撮影と午後のイベントの合間を縫って病院へ。いつものように採血して2時間近く待った結果、「着床はしたようだけど化学流産ですね」。
はい残念、また次回~♪ ……とは別に云われていないけれど、どこかからそんな声が聞こえてきたような。せっかくホルモン補充周期に変えたのに、結果これかよと、悲しみよりも激しい徒労感に襲われました。
夫には帰宅するまで黙っておこうと思いながらも耐え切れず、LINEで結果を事務的に報告すると、「落ち込んでないか心配」というごく当たり前の返信。いや、落ち込んでるよ……落ち込んでるけど……。
夫の反応は極めてノーマルなのに、そこでなぜか火がついて錯乱状態になってしまうのが、わたしの人格破綻者たるゆえんです。
「落ち込んでないよ!元気元気!」と返信し、ふざけたスタンプを10連発くらい送ったあげく「生命力のないやつは死んで当然♪」「妊娠してから流産するよりは、早めに死んでくれて助かりました」とまで書き送ったのでした。
夫からは、「仕事も治療も、苦しそうな姿を見ているとつらい気持ちになる。昔の野ぎくちゃんに戻ってほしい」と返信が来て、確かにそれらは夫を悲しませてまでやることなのか、いや待て、夫のためにわたしは生きているのか、むしろ夫がわたしの人生のよすがならわたしはただ、笑顔で生活費を稼いでくればいいのか……などとまた詮無いことをぐるぐる考えましたが、病院の後は夜遅くまで仕事があり、実際は落ち込んでいる余裕もありませんでした。
そういう時間の無さが体を蝕んでいるのか、考える暇も与えられないことで救われているのか、ただただすべてが間違っているのか……。

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