2011年09月26日

短いボランティアの旅(再)③

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あっという間に最終日です。うーん、やっぱ3日は短けっすな。
それでも、3日目になるとボラセンの人たちも顔を覚えてくれているのが分かって、ちょっとうれしかったりして。
初日からずっと一緒の作業場にいる、横浜から来た親子の方ともすっかり顔なじみになりました。どことなく頼りがいのありそうなお父さんは、3日目にして某町側溝のチームリーダーに指名されていました。3日いればもうベテランです(笑)。
親子でボランティアなんていいですね、と云うと、「息子がボランティアに行きたいっていうんでね、感化されて、これを機会に親も行こうと思って」。
息子さんから誘ったとはちょっと驚きでした。息子さんはよく喋るわけじゃないけれど、確かに、その作業ぶりにはやる気が漲っているのが見ているだけで分かりましたが、そうだったのかあ。
なんか、いい話だな。子が親に影響して、こういう行動に結びついていくって、胸熱だわ。
わたしも、父ちゃんが阪神のときにボランティアに行ってたのに(自主的というより半ば役所の仕事だったけど)、そういう発想、なかったもんなあ。自分の受験のことで手一杯で…。そんなんだから、人に「阪神大震災、経験してるんですよね??(とてもそうは思えないんですが)」と嫌味のひとつも云われるわけだよ(苦笑)。


月曜日になって、少しボランティアの顔ぶれが変わりました。
その中に1人、小柄な女性がいて、1人で参加しているのかな…と気にしていると、向こうも同じように思ったのか「お1人ですか?」と声をかけてきました。
彼女は地元の人でした。それを聞いてわたしは昨日の言葉を思い出し、反射的に身構えました。この人も、身内や友達をたくさん失くしているかもしれない…。どんなふうに話したらいいんだろう? 何か不用意なことを云ってしまわないだろうか?
でも結局、目の前にいる人がこうして生きていることを保険にして、「お家は無事でしたか?」と切り出すのが関の山なのです。「家は床下浸水ぐらいで済んだんですけど、このへん(今歩いているあたり)は波が来てましたよ」。
ちょうど、通りかかった工場の建物には「東日本大震災津波到達地点」と書かれたテープが貼ってありました。平均的な男性の身長の、軽く2倍はあろうかという高さ。そう云えば、海がどちら側にあるのかも知りませんでした。ここはまだ、内陸の方なのかと思っていたのです。
その後は、わたしの住んでいる場所についてなど他愛ない会話を続けながら作業場までやって来ましたが、そこで彼女は友達らしき地元の女性ボランティアの人の姿を見つけると、そちらに行ってしまいました(後で聞いたところ、元々の知り合いではなく、ボランティアで仲良くなったそう)。
その流れにどこにも不自然なところはないと頭では認識しつつも、どうもわたしの言葉が何かまずかったのではなかろうか…と、不安を抱いてしうまうのは、過剰反応なのか。やっぱり、当事者とそうでない側には、どうしても越えることのできない壁があるように思えるのは。いや、単にわたしの会話が面白くなかったと考えるべきか…(苦笑)。


放浪乙女えくすとら-RIMG0718 青いプレートが津波到達点。


さて、作業は昨日の続きということで、特に昨日と内容が変わるわけではなく、泥を出しては土嚢袋に詰める。この見事なまでの単純さ、ある種の修行にも似たストイックさを感じます。
溝に詰まった泥は、フタをしておけば何事もないように見えるのですが、ここの溝が詰まっているせいで、通学路が水浸しになるらしいのです。
昨日と違うのは、天候がまたも悪化し、後半はずっと雨の中の作業になったこと。レインスーツを着ているから雨に濡れるのはいいとしても、泥が、土嚢が重い。。。土嚢からジュビジュビと黒い水が出てくるさまが、ちょっと不気味です。


雨の中、皆が黙々と作業をしていると、通りすがりの軽トラのおじさんが、なんとアイスバーを差し入れしてくれました。
おじさんは、アイスがごっそり入ったスーパーの袋をボランティアに渡すと、すっといなくなってしまいました。
何、このジェントルマンっぷり、足長おじさんっぷり!? ここは住宅街でもないし、ボランティアが作業していることなんてどうやって知ったんだろう? たまたま車で通り過ぎたときに、ボランティアの人数を数えて買ってきてくれたんだろうか?
こういうさりげない親切って、誰にでも出来そうで出来ない。だからなのか、わたしは小さな親切がいたく身に沁みる。
地元の女性たちは、「あの人、どこの人なんだろう? 探して、会ってお礼を云いたいよね…」と何度も話していました。


放浪乙女えくすとら-RIMG0714 スタッフでおいしくいただきました。


午前中の作業が終わったところで、われわれのボランティア活動は終了です。
午後から帰りのバスの出発まで、陸前高田に寄ることにしており、午後の作業までやるとバスに間に合わないのです。初日も午後はお休みになってしまったし、作業不足感は拭えず、後ろ髪を引かれますが…。
ボランティアセンターのみなさんと、午後からも作業に行くボランティアさんたちに別れを告げ、荷物をまとめてバス停に向かいます。
「また来てくださいね~」という言葉は、ここではただのあいさつには聞こえなくて、また来なきゃいけないよなと思うけれど、次は違う場所に行ってしまいそうな気もします…。
でも、大船渡でボランティアできてよかったことは確かです。住田町に泊まって大船渡で2週間くらいボランティアしている人が「ホントは陸前高田と大船渡と掛け持ちでやるつもりだったけど、『明日は車の運転、お願いしますね♪』とか云われちゃったらもう浮気できなくってさ~」と云っていたのを思い出します。


ボラセンからサンリアまで、一昨日、昨日も何度か歩いた道も見納めになりました。たった3日とは云え、町の位置関係など何となく体になじんてきただけに、番組のいいところでチャンネルを変えてしまうような歯がゆさがありますね。
このあたりは、昭和30~40年代くらいの(?)懐かしい街並みが残っていて、歩いていると、ぶらり温泉旅にでも来たような呑気さに支配されたくなります。本当に、ここが被災地でなかったらな…と思うけれど、被災地だからここに来たってことも否めないんだよな(苦笑)。
歯抜けになっている家の空き地や、崩れた塀や、曲がった標識や、小さな公園いっぱいに建てられた仮設住宅や…、目をこらすとそこだけが炙り出されるように見えてきます。
正直なところ、自分が歩いた狭い範囲では、日常が戻った町のように見えていたのです。でも、その日常は薄皮1枚できれいに保たれているだけで、まだまだ見えない傷が無数にあるのでしょう。
盛駅の駅舎も、普通に営業しているのかと思うくらいきれいにしてありましたが、当然ながら鉄道の再開の見込みは立っていませんでした。三陸鉄道の駅舎の方は開いておらず、JRの駅舎は、みどりの窓口としてだけ機能していました。静かな駅舎の中で、新幹線「はやぶさ」が9/23に通常ダイヤに戻るというお知らせのポスターだけが、確かに時を刻んでいるように見えました。
大船渡で心残りなのは、クレープやのおねえさんオススメの「ももきや」さんというお店でご飯を食べられなかったこと(って、そんなことかよ)。昼も夜も、バスの時間がいつもギリギリアウトで縁がなかったんだよなあ。。。


放浪乙女えくすとら-RIMG0653 わたくしの稚拙な写真では分かりづらいかもしれませんが、味のある素敵な通りです。


高台の幹線道路を走りながら陸前高田へと向かうバスの中、海に近くなるにつれ大船渡の景色は、さっきまで見ていた町なかとは違うものになっていきました。
崩れた建物が目立ち始め、野原のように平らになった土地が広がり、今までは確かにあった“町”の風景が、幻のように無くなっていきました。
ボランティアの誰かが云ってたっけ、大船渡駅の方や陸前高田は何もなかったって…。
とは云え、高台の上には当たり前のようにきちんと住宅が立ち並んでいるわけで、左右で見える光景のあまりの違いに、何か空恐ろしいものを感じます。
そして、初めて見る東北の海は、ここから津波が来たとは思えない、思いたくないような穏やかさを湛えていました。どんなことがあったとしても、自然の美しさが損なわれることはなく、また憎み切ることもできないということでしょうか。いや、当事者じゃないからそう見えるだけかな…。
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2011年09月20日

短いボランティアの旅(再)②

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ボランティアの朝は…早いです(泣)。
公共のバスで移動するため、バスの時間に合わせるとなると、7時過ぎにはもうバス停の前に居なきゃいけないわけ。東京で不健全きわまりない仕事をしている身には応えるの~。。。
夜は真っ暗で分からなかったけれど、基地の周りは数軒の民家のほかはなく、一瞬、自分がここに何をしに来たのか忘れてしまいそうなほど静謐なふんい気に圧倒されます。


基地を出たときはざんざか雨が降っておりましたが、下界に降りるとむしろ晴れていました。うん、今日は確実に仕事がありそうだ。
日曜日のせいか、団体のボランティアは少なく、昨日もいた個人ボランティアの人たちがパラパラと集まっていました。
昨日は泥だしだったので、今日は高圧洗浄にしてみようかなーと考えていたにも係わらず、いざマッチングの段になったら「今日は全員、某町の側溝でお願いします♪」…って、昨日の溝やーん! やっぱりわたしは土嚢が似合う女なのね(・∀・)


雨が上がったおかげで、作業は昨日よりもずいぶん捗りました。
溝のフタを開けると、そりゃもううんざりするほどもっこりと泥が溜まっており、うひゃっ掘り放題♪と逆にテンションが上がりそうなほどです。
例によって男手が多いため、わたしは再び土嚢袋オープン係。ああ、わたしも力いっぱい掘りたい……が、ここにいる誰よりも非力なことも事実。
また、ペアになった人が、3ヶ月間各地でボランティアしているという、見た目もけっこうツワモノのおにーさんで、それとなく「あの、疲れたら代わりますんで、遠慮なく云ってくださいね!」と親切を装って声をかけてみるのですが、ぜんぜん大丈夫っす! と、にべもなく返されるのでした(笑)。
その後、別のペアになった今回が初ボランティアという青年に、5回ずつで交代するという契約を持ちかけ、思う存分、スコップを握ることができました☆ って、何の話ですかこれ。



放浪乙女えくすとら-RIMG0679 作業済み側溝。フタを閉めて終了です。


午前中はあっという間に終わり、昼休憩でいったんボラセンに戻ります。
お昼は、ボラセンの近所のレストランへ行ってカレーを食べました。「お金を使うことも支援になるよね」とかなんとか、しっかり手垢まみれの言葉を吐くことも忘れていません。
肉体労働とカレーライスって相性がいいんだなぁ。程よい甘さとコクが、体に漲っていく感じ。
きれいなお店でおいしいカレーなんか食べていると、ここが被災地だということを忘れてしまいそうですが、すぐ側の道端には、ありえない形で折れ曲がった街灯が、ぽつんとそのままになっています。普通に建っている民家も、よく見ると中ががらんどうになっていたりして…。ああ、泥だしした後の家なんだ…と、石巻での作業が脳裏によみがえってきます。



放浪乙女えくすとら-RIMG0681  ちょっと変わった(?)メニューのフルーツカレー。これは連れの方が頼み、わたしはチキンカレーを食べました。


午後からも例の溝での作業です。
人数が増え、作業はさらに効率化し、溝の泥はもりもり掻き出され、土嚢袋がどかどか積み上げられていきます。うーん、見事すぎる。共同作業って大切ね。みるみるうちに溝の泥が無くなっていくさまは、なんというか目からウロコが落ちるような爽快さです。
連れの方は、わたしと正反対の性格の方なので、すぐに集団に溶け込んですっかり現場監督みたいになっておりました。
天候に恵まれたおかげで、時間いっぱいまで作業を行うことができました。


帰りは、サンリアに寄って翌朝の朝食などの買い出しです。
夜行バスの発着所にして、ストレンジャーたちのオアシス。大船渡の旅は、サンリアに始まりサンリアに終わる。なんか大げさになっていますが、たった2日目にして、サンリアがまるで地元のなじみのスーパーのように感じられるのだから、旅人とはゲンキンなものです。
パンを山崎パンではなく地元のシライシパンにしてみたり、銘菓「かもめの玉子」や気仙てぬぐいを買ったりと、細々とお金を落としてみました。わたしにはやっぱり、買い物での応援(?と云うほどでもないが)がいちばん性に合ってるわ(笑)。
バスの時間までで、慌しく中華料理屋に駆け込み、いつもなら考えられないほど早い夕飯を食べました。これで大船渡では3軒の飲食店に入りましたが(あと1軒はクレープやさん)、どこも美味しかった!



放浪乙女えくすとら-RIMG0704 麗しい夕暮れのサンリア。



放浪乙女えくすとら-RIMG0702 食べ物の写真が続きますな…。にらラーメン。これまた労働後の体に効きそうなパンチのある味がたまらん。でもさすがに量が多くて食べきれず、連れの方に残りを差し上げました…。


基地に戻るとまた、食事に洗濯に風呂と一連の用をこなし…と云っても、洗濯は連れの方にほとんどやっていただきました(汗)。だって、二層式の洗濯機、使い慣れてないんだもの…。
長らく待った風呂に入っている間に(1つしかないので順番待ちが熾烈)、連れの方は共同スペースで知らない人たちと話していました。なかなかこういう場にすっと入って行けないのがわたしの厄介な性格なのですが(タイミングが計れないのだ)、気の毒に思ったのか連れの方がわざわざ誘いに来て下さいました(涙)。
無事に輪の中に入り、ボランティア作業のことなどを話しているなかで、連れの方がふと「今日、一緒に作業してた地元の人が『友達が10人死んだ』って云ってた。だから、お盆は忙しかったって…」と云ったのは、どういう文脈だったのか。
わたしは、その人の顔を覚えていました。午後のほんの10分くらいだけ、作業ペアになったのです。そうだ、ボラセンからの帰り、連れの方に手を振ってたっけ。「明日からまたサラリーマンです」と云ってた。週末はボランティアに来ているのだと。


その後、間もなく消灯時間になり、床についてから、わたしは「友達が10人死んだ」という言葉を、口の中で闇雲に反芻していました。
友達が一度に10人も死ぬ状況とは何なのだ? 言葉の意味は分かるけれど、そのことを理解できない。理解しようとすると混乱する。感情を入れずに、純粋に言葉としてつぶやいてみても、思考が先に進まない。
わたしにもし、同じことが起こったら、それこそこの世に誰も友達がいなくなるレベルの出来事ではないか…(苦笑)。いや、たとえ友達が100人いる人だって、そのうちの10人がいっぺんに死ぬという事態は普通、人生に訪れる機会はそうそうなかろう。
だけどここでは、それまで普通に生きていたであろう多くの人たちが、普通でない目に遭っているわけだ。だって彼は明日から、“普通に”会社勤めだというんだから。
例えばドラマになったり、誰かに注目されるような人生なんてほんのわずかに過ぎない。だけど、そうじゃない大半の人の一人ひとりが背負っているものって、本当はとてつもなく重いんじゃないだろうか。ただ、表面からは見えないだけで…。そしてそれは、被災地に限ったことではないのだろう。
そう考えると、しょーもなくペラペラに思える自分の人生でも、あんまり軽く見ない方がいいのかもしれないな…。
自分の耳で聞いたわけでもないのに、その言葉は耳に刺さり続け、しばらく寝つけませんでした。

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2011年09月14日

短いボランティアの旅(再)①

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西で生まれ育った人間にとって、東京以北にはほとんど地縁がありません。
従って、今回の震災が起こらなければ、大船渡や陸前高田という名前を知ることすらもなかった可能性があります。
そして、そこを訪れることになった理由もやっぱり震災だったりして……。


東北の現地ボランティア、やっと2回目行くことができました。
5月以降、2ヶ月に1回くらいは行けるようにしようと思いながら、この体たらくはいったい…(汗)。せっかくあれからテントも購入したというのに、一度も組み立てたことすらねーし!
今回のボランティアは、上記のとおり岩手県の大船渡に行ってきました。
前と同じ場所を選ばなかった理由はいろいろあるけれども、己の旅の傾向、すなわち"新しい場所を優先する”という点が大きいように思います。旅じゃなくてボランティアなんだけど、やっぱり旅とボランティアはわたしの中ではしっかりつながっていて、だからこれはボランティアの“旅”。
ちなみに、今回は1人旅ではなく、旅の道連れがいます(その…なんだ、彼氏ってやつだ。プギャー)。ま、前回も移動以外は1人じゃなかったですけどね。


今まで行けなかったこともあり、今回は週末に代休を2日くっつけて豪華(でもないが)4日間の長さに…していました。もちろん移動は往復夜行バスね。
何故過去形かというと、例の、異常にのろくさく予報があてにならなかった台風12号に、ばっちりかかってしまったのですよ。大船渡と陸前高田のボランティアセンターブログを毎日チェックしていると、台風の影響で作業予定がなかなか立てられない様子でしたので、安全を取って出発は1日ずらし(代休は1日返上)、結局3日間になりました。
結論から云いますと、仮に4日間にしていた場合、初日は土砂降りでまる1日作業休止だったそうなので、まあよかったと云えばよかったんですが。
それにしても、久々にボランティアに行くことになったら洩れなく台風がついてくるところが、わたしの雨女たる所以ですよ。ってか、かなり重症だなこの体質は…。


まるでわたしが東京から雨雲を引き連れて来たかのように、バスで大船渡のサンリア(スーパー)前に着いた早朝から、ざんざん雨が降っておりました。
ちょっと雨脚が収まったかな?と思うとまたすぐにぶり返し、が繰り返される天候の中、これはもしや今日はお休み……?と恐る恐る大船渡のボラセンに行くと、ちゃんとオープンしてるう! 雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ! 素晴らしい!!
作業途中で中止になるかも知れませんが、という前置きはありつつも、仕事が割り振られることになりました。
「写真洗浄の補助、側溝泥だし、高圧洗浄、どれがいいですか?」と問われて「力仕事がいいです☆」と張り切って答え、周囲の小さな失笑を買っておりましたが(や、細かい作業が苦手なもんで…)、希望通り、ザ・力仕事の側溝泥だしチームに振り分けられました。


週末ということもあり、団体のボランティアさんも多く、泥だしチームで一緒になったのは富山県のボランティア団体さん。というか、富山県(自治体)で県民のボランティアを募って、毎週派遣しているのだそうです。毎週来られるほどの近隣県でもないのに…頭が下がりますね。わたしが知らないだけで、どこの自治体もこういう取り組みをしているのかもなあ。N市はやってるかな?(笑)
泥だし作業はいたって単純なもので、側溝の板を開け、溜まった泥をかき出し、土嚢袋に詰める。これを繰り返します。男手が多いこともあり、わたしは主に土嚢袋で泥を受けたり、そいつをちょっと道路わきに寄せたり、コンクリートの板にこびりついた泥を削ったりと、勇ましい言葉とは裏腹に、あんまり力仕事はやっていなかったです(汗)。
しかし、折からの雨がまた酷くなってきて、泥が水分を吸って液状化し、作業が効率よく進みません。午前中の最後の方はもはや、雨との戦いという感じになっておりました。また、水を吸った泥はめちゃんこ重いんだよな! 土嚢袋がちょっとした岩石みたいな重さになってるし~。。。


放浪乙女えくすとら-RIMG0634 作業風景。


結局、雨脚が弱まることはなく、午後の作業は中止となりました。
空いてしまった時間で、連れの方が風呂に入りたいというので、でもここから2キロだってよーこの雨の中荷物を持って歩くのーと逡巡していたら、先ほど作業で一緒になったおじさんから、「これからその風呂に行くけど、よかったら(車に)乗せて行きますよ」とのありがたすぎるお誘いがあったので、ちゃっかり便乗させてもらいました。
この方以外にも、車で動いている人が同じように声をかけてくれて、本当にありがたかったです。ボランティアにもいろんな人がいるだろうけど(わたしみたいなのとか……)、人を助けに来ている人たちは、基本的にやさしいんだなあ。
「福祉の里」という、ボランティアの宿泊所にもなっている福祉施設の隣にある「Y・Sセンター」内に、250円で入れる大浴場が設けられているのです。
ぐはー!やっぱ風呂は気持ちエエ~。顔から体から、雨と汗と泥でぐちゃぐちゃになっていたので、感動のレベルが尋常ではありません。
施設の入り口には、津波の後で拾われた膨大な写真が集められており、地域の人が取りに来られるようにアルバムに整理されていました。スナップ写真から学校のアルバム、写真館で撮った立派な記念撮影……その中に、持ち主の分からない位牌がひとつポツンと置かれていて、思わず立ちつくしてしまいます。
その脇には、愛知の小学校からのたくさんの寄せ書き。みんな6年生らしく、異様に大人びたコメントもあれば、「毛布を送ったので暖かくして寝てください」など素朴なメッセージもあります。被災地にいなくても、子どもは子どもなりに、(学校で書かされたとは云え)今回の震災をそれぞれのやり方で受け止めているんだなあと思うと、何だか胸がきゅっとなります。


放浪乙女えくすとら-RIMG0640 なんと、愛知の大学生ボランティアさんたちが五平もちを焼いてくれました。美味しかった~!!


その後は、本日の宿「住田町基地」へ行くバスが出るまでの時間つぶしで、盛町のあたりをぶらぶらしていました。と云っても、雨が突然降ってくるので、クレープやさんに避難したり、サンリアに避難したりと、避難ばかりしていました。
折しもこの日の夕方から盛町の夏祭りが行われ、雨天にも係わらず町なかは大賑わい。ねぶた・花笠・竿灯が一同に集うお祭りということで、思わぬところで東北の三大祭りを見られてラッキーでしたが、宿泊所までの最終バスは18時過ぎ。小学生ばりに夜が早いので、盛り上がるなかをひっそりと抜けて帰りました。
どうも地図で見る限り、基地はかなり山奥にあり、市街地から相当の距離があることは予測していたものの、なんと片道1時間かかりました。路線バスで1時間乗って、1000円以上払ったことなど、今まであったでしょうか……。いざとなったら歩いて帰れば、などという目算はありえない距離です。
運転席の近くに座った連れの方が、運転手さんと震災当時の話をしているのをぼんやりと聞いていたのですが、いつしかウトウトしていました(話を聞けよ;)。


放浪乙女えくすとら-RIMG0661 雨天のもと、花笠音頭。よく見ると花にビニールがかぶせられています。


住田町基地は、長崎県に住む南さんという方と、住田町民の方々が立ち上げたボランティア用の宿泊施設です。廃校を利用したスペースに約100名、プラス、テント60張の収容が可能だそう。
このド山奥(失礼)の宿泊所をあえて選んだのは、それでも距離を見れば大船渡にも陸前高田にもいちばん近い宿泊所であることと、テントが張れることが大きなポイントでした。
しかし、この大雨ではとてもテント寝は厳しく(予想していたので持って行かなかったけどね)、大人しく中で泊まることに。
内部は思った以上に清潔&快適で、運営局やこれまでのボランティアの人たちが少しずつ使いやすいように作り上げてくれた結果なのだと思うと、ありがたさがひしひしと身に沁みます。
体育館内の雑魚寝とは云え、キッチンはあるし、洗濯機はあるし、銀マットは貸してくれるし(まあ持って行くのがベストですが)、何と浴槽付きの風呂までもが! しかも男風呂は手づくりの木の風呂ですって! ルシウス(『テルマエ・ロマエ』)に見せてあげたい……。
共同スペースでは、すでに知り合い同士らしいボランティアの人たちが、いくつかのグループになって談話しています。ご自由にお取りくださいコーナーにはインスタント食品に混じって、一升瓶が数本。ああ、何てパッカー宿っぽいんだ(笑)。
連れの方はかつてバリバリの沈没パッカーでしたので、「これなら長期で来たくなるねー」と妙にテンションが上がっておりました。
しかし10時消灯ということで、洗濯だの食事だのあれこれやっているうちに就寝時間がやって来て、電気が消えたらあっという間に眠りに落ちていました。


放浪乙女えくすとら-RIMG0665 基地の夜。

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2011年09月07日

8月の長い備忘録

テーマ:偏愛
夏の終わりの足音が背中に迫る昨今、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
8月のブログがほとんどイベントの宣伝に終わってしまったので、少しは8月中の出来事でも書こうかと思ったら、特にねえ! 何たるコピペ生活でしょうか!
そんな中、個人的に覚書しておきたいことが2つありまして、今回はそれをだらだらと。


●○宇都宮隆ソロコンサート●○

行って来たんですよ、ええ。1人でね。ソロコンサートだけにソロでね。しかも立ち見でね。
さみしかったわ~~~(泣)。
たいがいの場所は1人で行けることだけが唯一に近い取りえにも係わらず、意外と1人コンサートのハードルって高かったのねん…。1人でディズニーランドとどちらが高いだろうか。
や、それでもやっぱ、生きてるうちに行きたかったのよ! 宇都宮様を生で拝みたかったのよう!


結論から申しますと、御年53歳ですからね、例えばラストグルーブ時代の全身これエロス! みたいな危険さはあまりなく、むしろかわいらしい感じになっていました。ビジュアルも、声も。
もっと近くで見ていたらまた印象もぜんぜん違ったのかも知れないけれど、立ち見席までは色気が届かなかった…。つうか、あの位置では、細かい顔の表情までは見えん! オペラグラスの必要性を、人生で初めて痛感したひとときでした。
それでもすんごく細いし、声はよく伸びるし、やっぱ普通の人じゃないということはよく分かった。

今回のツアーコンセプトが「時の積み重ね」ということなので、曲はソロからTMからSPEEDWAYからミュージカルから別ユニットから、てんこ盛り・全方位的に網羅されていました。
TMならもうどっから来られても分かる自信がある(!)し、いちおうソロはベストアルバム2枚を予習してきたけれど、さすがにぜんぶは分かりませんでした。だって所詮わたしはニワカだもの! コアなファンの人ならきっと分かるのであろう…。
でも、TMの曲になると客席の温度が3℃くらい一気に上がるのが分かる。愛されてんだなあやっぱ。


今でも通勤のおともはTMメドレーですが、コンサートに行ったことで逆になんか、ヘンに昂ぶっていた気持ちが落ち着いたよーな気はします。
やっぱさ、入れ込んでいる間は「もしかして、たまたま入ったレストランの隣に座っていて、出会えちゃったりするかも!? Crazy for you!」などと、後頭部を殴打されそうなほどアホな妄想を抱いてしまうじゃないですか。そういう憑き物(笑)が落ちた感じ。昔の色気ギンギンだった頃だと、さらに妄想の炎が燃え盛った可能性はあるけどな。
どうか、いつまでも元気で、いつまでも素敵な歌を聴かせてほしいです(って、おじいちゃんへの手紙かよ)。そしてあわよくば、TMのコンサートをいつか…。


●○カラマーゾフの兄弟●○

ついに読み終わりました。
もう10年以上も前から、『失われた時を求めて』とともに読まずには死ねないだろうと思いながらも挫折を繰り返してきた本書。世界文学の最高峰とまでいわれるだけあってその山頂はずいぶんと高かったのです。
未だに、友人から借りた新潮の旧版が家の本棚に眠っている状態ながら、あえていちばん新しい亀山訳を購入しました。今度こそ読む! という決意の表れです。


そうしたらなんと…読めてしまったではないですか。このわたしにも! しかも、トータル2週間くらいで!
誤訳が多いなど、一部で評判のよくない亀山訳ですが、怠け者のわたしにこの本を読了させてくれた功績は大きい。累計で100万部でしたっけ、売れた理由もうなづける読みやすさです。
最も、これほどの世界的名作となると、読みやすさだけですべてを判断するわけには参りませんので、いずれは新潮、岩波の訳にも再挑戦したいと思います。


内容についての感想は、わたしのようなニワカが語るにはおこがましく、「大審問官」の下りについてどう思ったかなどと問われても何のコメントもできませんが…。
それを踏まえて、敢えて面白かった点を挙げますと、キャラクターの濃さ。です。
3兄弟のキャラくらいはいちおう、予備知識としてざっくり知っていたものの、こんなにキャラ萌えできる兄弟とは思わなんだ。
最初の方はひたすらアリョーシャ萌え! かわええ! って感じでしたが、イワンが暗い顔して懊悩する姿もそそるなあとか、でも現実的にはミーチャみたいな直情型の男前に参る可能性が高いだろうなあとか、テーマとは何のカンケーもない読み方で楽しむことができました。
むむむ、何という皮相な感想でしょうか。でも絶対、カラマーゾフでや●い作ってる人、いるよね…。
おっさん(父ちゃんのフョードル)の魅力は、小説のキャラとしてはよく分かるけど、実際にいたらマジでうっとおしそう(笑)。
ヒロインの2人のキャラは、いかにも白と黒で、対照的。だけどこの白と黒が黒と白に変わりまた白と黒に…というめまぐるしさです。
男なら普通にグルーシェニカを選ぶと思うけど、キャラ造形の魅力は、カテリーナのナイフのような危うさに軍配が上がりそうです。


と、まあいろんな人が出てくるんですが、何だかんだでやっぱ、アリョーシャみたいな子はいいなあ。強くて眩しいよね。男としていいというより、自分がこんな子になりたかったです。
圧倒的にいい子キャラでありながらも、根底に好色で淫蕩な“カラマーゾフ的”性質が流れているという人物造形もたまらん。そのキャラで、ドスト先生にはぜひ、ぜひとも第2部を書いてほしかった…。
ラストまで読んでみると、『カラマーゾフの兄弟』の物語が序章に過ぎず本編はここから始まることになっていたという点が、ああ確かにそうだわ、と思えます。特にアリョーシャの人生については、こっからがスタートでしょ! という感じ。


それにしても、この物語の登場人物たちはよく喋りますね。大阪のオバハンでもこんだけ喋りませんよ。何しろ、ひとつのセリフ(つまり「」内)が3ページくらいに亘ることなどザラですからねー。
もう100ページくらい読んでいるのに半日しか経ってねー! みたいな現象が何度も起きて混乱しました。
にしても、13歳のコーリャくんが、あれだけの質量のセリフを喋りまくるのはちょっと違和感が…。


カラマーゾフの兄弟はコミックにもなっておりまして、まだ2巻目が出たばかりですが、これは読書を助ける意味でも、かなりいいテキストになりました。
まず小説を読んでから、おさらいとしてコミックを後追いするという読み方でしたので、コミックが、かなり原作に忠実に描かれたものであることがよく分かりました。絵柄の好みがよほど合わないとかでなければ、コミックはぜひおすすめしたい!(野ぎく堂Onlineでどうぞ♪)
特筆すべきは、使用人スメルジャコフのビジュアル。これは巧すぎ! もはや、わたしの中でのスメルジャコフはあの顔でしかなくなってしまいました。あの複雑怪奇なキャラを絵で表現したらそうなったか! と感心しまくりです。イワンのビジュアルもハマってますねー。
宝塚版もぜひ観てみたいなあ。ロシアのテレビ番組版ってやつも。
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