ヒト科ヒト属ホタ | ホタコンブログ
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ホタコンという屋号で個人経営を始めたのは、義理の父親から引き継いだ土建業が始まり。
山田コンクリート工業株式会社は名古屋市東区で2代続いた土木施工業者だった。

あなたは本当に日本人ですか?

 

島国日本でも古より大陸から移住しているヒトは存在している。

今は新型コロナで渡航が制限されているけど、多くの町では何人かの外国人に出会える。

日本人じゃないと認識される人たちは、国籍が違うとか、生まれが違うとか、人種が違うとか、様々だけど、

そもそも純粋な日本人の定義がどこにあるかまともに答えれる人は少ないのではないだろうか。

 

肌が地黒なボクは、子どものころから、誰かに似ているね。という会話になると大概、野球の助っ人外人の名前を挙げられていた。

朱に交われば赤くなるタイプのボクは、学生時代、ヴェトナムで旅をして、べトナム人よりヴェトナム人らしいと現地の人に認められた。

清潔感、集団意識、緻密で繊細という日本人らしさからはみだしてしまうボクは、海外に住む外国人に受け入れられやすいようだ。

 

日本人が特にそうなのか地球人はみんなそうなのか、

自分のアイデンティティを守るために自分の生活や生き方を意識的か無意識的にカテゴライズしてその枠の中に生きる。

 

冗談だと信じているけど、誰かに人間扱いしてもらえない時に、

ボクは必死になるべく自分が人間に近いということを主張する。

『あ、ボク、ヒト科ヒト属ホタです』

ヒト科にはヒト、ゴリラ、チンパンジー、オラウータンの4属がカテゴライズされている。

ヒトじゃなくてもいいけど、限りなくヒトに近い存在でありたい。

兎に角、一緒に社会活動を営むために、ボクは同じカテゴリーにいることを他人に主張をしてしまう。

 

 

そして、人間には多かれ少なかれ本当のことを知りたいという欲求が存在していると思う。

科学を追求したり、哲学を語ったり、宗教を信じることなどで心を満たしているヒトが多いのがその理由。

 

真実を探求する思想の分野は人それぞれ違うのだろうけれど、

ボクは、ニュートラルにこれらの思想を受け止めたい種族。

 

そもそも日本人はニュートラルな思想が得意だと思う。

八百万の神を信仰していて、神社仏閣を参り、結婚式では教会で賛美歌を歌う。

 

ボクは、漫画家の手塚治虫さんが【火の鳥】で描いた、コスモゾーン(宇宙生命体)という思想が大好きだ。

科学を突き詰めて哲学的な発想に向かっていくような、物質(量子力学??)と生命の本質を突き詰めていくとスピリチュアルな答えにいきついていってしまっている感じ。

3次元~4次元までの範囲で世の中の事象認識しているボクたちの最高級の世界の捉え方だと思う。

 

最近、とても興味深い思想に触れることが出来た。

自然という日本語は、大正時代に大きく意味合いが変わったという話。

それまで日本では、自然(じねん)と読んでいたけど、西洋文化が入り込むことで、自然(しぜん)と発音されるようになった。

『しぜん』は人間とそれ以外の生き物をハッキリと分けた言葉で、

それまで、日本人にとって、人間は動物や草木、土、風などの自然の中の一部だった。

その想念が『じねん』なのだと。

 

とある界隈では、土の時代から風の時代になったという話を聞くようになった。

ボクの勝手な解釈だと、日本人が生活の中で大切にしてきたものの回帰と発展だと思う。

 

 

正直、まだ捉えきれてないのだけど、

 

最近、縁があって、岩盤浴とかサウナに行くようになったり、神社巡りをしているのは、風の時代の流れを感じてしまう。

個人的な話、脳(頭)で活動することを探求していた時はそれが絶対正義だった。

身体を蔑ろにしてしまう傾向が強かった。

 

ミストサウナでブツブツと音を立てながら身体に汗か水滴が発生するのを感じたり、

整体で痛みを感じながら筋肉と血流の変化を感じたり、

科学脳絶対主義だった自分にとって、肌感覚や強烈な実体験は本来のヒトが求めている生活を考えさせてくれる。

 

過去に、視覚、聴覚、触覚、味覚と五感、第六感で物事を捉えていた日本人、もしかしたら地球人は、

西洋と資本主義、科学に偏り過ぎて、今、本質的に体感することに戻ろうとしているのかもしれない。