元気がいいのは口だけだ・・(笑) | どら猫でござる。

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ゴールデン猫劇場

こんにちは
こんばんわ
おはようございます。(_ _)

どちら様もお元気で波乗り。

世間では三連休・・
という人もいるようですが
我が輩はせっせ、せっせと
額に汗して労働しております。
有り難や、有り難や・・。m(–_–)m

ところで・・
今日はあれですよ。
本来なら「敬老の日」
だったのでございますが
2003年になぜか
9月の第3月曜日になったそうで・・
つまり、明日かな
それで三連休なのか('□')

まあ、どっちにしろ
年寄りを敬う日・・・。

だから敬え!(笑)

我が輩ごときも
世間から見ればじじぃ・・。

ブログで書きたい放題書いてますが
テーマもあっち飛びこっち飛び・・・
良く言えばバラエティに富んでおり
悪く言えば支離滅裂・・

さしずめ
アンソロ爺・・・
といったところですかなぁ・・
ノスタル爺な話もたまにありますが・・・

あ、ども・・・
三つ子の魂百まで待とうホトトギス
「どら」でござる。 (˘o˘)b


(僕もいつのまにか年寄りだ・・)

人生50年・・・

昔はそう言われていました。

10代の頃、50代以上の人を見ると
すごくジジイに見えたのですが・・
そんな我が輩も
いつの間にか50歳を遥かに通り過ぎ・・

いつか王子様が
いつかお爺様・・
になってしまったのでございます。(–_–)

ゴォ〜〜〜〜ン♪

そんなわけで
ブログでは謙遜して
自分でジジィ呼ばわりしてますが

本当は
まったく「歳とった」
という自覚はござらん。

クルマは未だに
狭い山道をドリフトして走ってござるし
飲みに出れば
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ
嬉し恥ずかし朝帰りやし(^ー゜)b
街でミニのお姉さん見たら
ときめくし・・。

むははは・・・

あ、そうそう・・・
この間、久しぶりにバスに乗ったら
混んでましてな・・
バス停でお婆ちゃんが乗って来たので
目の前の空いた席を譲りました。
しばらく世間話していたら
我が輩より年下だった・・・というお話。(¯□¯)

かといって「俺はまだ若い」
などと粋がるつもりもござらんが・・・

では、ここで一曲。

「私の小さな人生」(1971)
歌:チューリップ/作詞・作曲/財津和夫


とは申しましてもな・・
自然の摂理には逆らえないのでございます。
はい・・
肉体の衰えがあちこちに
なので
確実に歳はとってます・・・(–_–)

怪談を・・・
もとい
階段を踏み外したり
柱の角に足の小指をぶつけたり・・

茶碗を落としたり
コップを倒したり・・。

物忘れは日常茶飯事
愛本をあちこちに置き忘れる
なんて事はしょっちゅうで

この前なんかは
いつものように
どっかに忘れた・・・と、思って
家の固定電話から電話したら
自分のポケットの中で鳴った
とかね・・・(´_`)

エアコンのリモコンを
愛本と間違えて持って出たり・・とか


(時々間違えるリモコン・・)(笑)

若い時には
何も意識せずやれていた事が
いつのまにか感覚のズレ・・・というか
体のセンサーも衰えてるんやろな・・。

目はだんだん悪くなる
歯も悪くなる
髪の毛のハリが無くなった
肌はお湯をはじかなくなった・・。

肩も痛い
首も痛い
膝も痛い・・。

知らないうちに
腕や足のあちこちに傷がついてるし・・

でも
耳と口だけは衰えません(^^)b

耳は地獄耳
口は言いたい放題
なんでもあり・・じゃ(¯_¯)b

それは、ともかく・・・
歳をとるってそういう事です。



というわけでございましてな

自分が歳をとる・・・ってことは
周りも一緒に歳とってる・・ってことで
当たり前ですが・・

幼なじみの酒屋のオヤジも死んで
今はコンビニに変わったし・・

食堂のおばちゃんは要介護になって
息子の代でカフェに代わり

40年通った床屋も
とうとう閉まった・・・。

いきつけの飲み屋も
次々に閉店したし・・・。

2年に一度の同窓会は
回を重ねるごとに人が減り・・
二枚目だったアイツもハゲ頭になり
美女だったあの娘もしわだらけ・・・

それでも
枯れ木も山のにぎわい・・
かなぁ・・・ (–_–)

そしていつかは
ジ・エンドが・・・


(今はまだこんなに元気だが・・窓女(マドンナ)Aと)

人生は片道切符だよ・・

終点がだんだんと近づいて来て
ようやくそれが
わかるようになった今日この頃・・・

夢を追いかけて
夢に破れて
また追いかけて
また破れて
こりずに何度も何度も・・・

そして枯れてしまいました。

吹けば飛ぶよな
その日暮らしの浪人者でござる。(–_–)

典型的な昭和の男で九州人。
一本気で不器用で頑固者ですから
「世渡りヘタ」ともいいますが・・・(´`)

しかし、だからといって
己を曲げたら
己を否定する事になるので
それは変えられません。

まあ、若い頃はそれが災いして
心ならずも
周りから浮いたこともありますが

たとえ飢え死にしても
死ぬまでブレませんでござる。 (`ヘ´)

と、いいつつ・・・
歳とともにだんだんまるくなってきた
という噂もちらほら・・と



ところで・・・

もし・・・
我が輩が死んだら
泣いてくれる人はいるのかなぁ・・・

いや・・・
いたとしても
どうか泣かないで欲しい・・

できれば・・
笑って・・・

そうだ!
我が輩は
笑って死にたい。

みんなの笑顔に見送られて
笑って死ねれば・・・
ええな・・・。(¯◇¯)


(仲間たちと・・)

どんな人間でも
いつかは年老いて死ぬ・・・。

莫大な財産を持っていようが
スーパースターだろうが
イケメンも美魔女も
貧乏人も乞食も・・・

みんないつかは死ぬ・・。

ですからね

人間・・・
何をしたか・・・

よりも

どう生きたか・・・

が、重要ではないのかなぁ・・・

人に嘘はつけても
自分に嘘はつけないし・・

何があっても
何をされても・・・

人を恨まず
自分の宿命を呪え

妬まず
奢らず
腐らず・・・。

誰のせいでもない・・・

自分が背負った宿命が
己の人生・・。

それを全うすることが
生きる・・ということ。



だから・・・

死ぬ時に
自問自答して

それでも
いい人生だった・・・

と、心の底から思えるなら
それが最高の死に際だと・・・。

いい人生だった・・・

と、思えるように
今、こうして一生懸命生きているから

きっと

いい人生だった・・・

と、思えるはず・・・。(¯ー¯)



老いても朽ちるな・・

自分が
夢や希望を語れなければ
若者や子どもたちが
夢や希望を持てるわけがないのです・・・

人間は
歳をとったから老けるのではない
夢と信念を失ったときに老けるのだ。

永く生きるのは大事だけど
深く生きるのはもっと大事だよね。

では、どちら様も
佳い休日をお過ごしください。

■ひと口メモ

1969年頃から1970年にかけて
我が輩も出演していた
博多のライブ喫茶「照和」で
ひときわ輝いていたのがチューリップです。

チューリップはインディーズ時代
「ザ・フォーシンガーズ」という名で
すでに地元では人気グループでした。
福岡限定の自主制作盤も
何曲か出していますが

「柱時計が十時半」
「ええとこの子のバラード」
「鼻毛の歌」
「ママがパパを愛したように」

などなど・・

その中の一曲が「私の小さな人生」で
第二期チューリップのメンバーである安部俊幸を
「ハーズメン」から引き抜いた時にできた曲です。
1971年7月5日発売。
幻のメジャーデビューシングルと言われ
実質的なチューリップのデビュー曲でもあります。
※チューリップのファーストアルバム
「魔法の黄色い靴」に収録されています。

by どら

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