私はこの世界について思っていることがあります。
今この世の中について、
日本の立場、
それは目に見える形の世界だけではなく、
見えない世界のことについても、
私は感じていることがあり、
言及したかった。
私はこれは後世に絶対に必要になると思っている。
それは今一度自らの価値を思い出すこと。
他と他者を比べないこと。
ここ地球ではたくさんの争いがありました。
私の時代も同じように、
たくさんの争いがありました。
そして月日は流れました。
月日が流れていく中で様々なものが移り変わった。
それは日本の根幹を支えるための教育 それそのものも変わった。
それはその時はそれが順当だった。
それがその時代には適切で、
それはその時には必要であった。
しかし、もう今はそれは必要ではない。
皆が分かり合える時代が来ているのだから。
もうそれは必要ないのだ。
もう一度、皆が自分自身を振り返る その時間を設ける。
日本という国の誇りを取り戻す。
しかしこれは日本という国が他国よりも優れているという意味ではない。
我々は地球規模でこのことを考えなければならない。
我々とはあなた方のことである。
今を生きる、あなた方のことである。
あなた方は自らをどう思っているか。
日本について何を思っているか。
日本が好きですか?
好きと答えるとそれは愛国精神と言われ良くない意味で捉えられるのか。
自分自身の国を愛すること、それは素晴らしいことである。
しかしそれは他国も同じだ。
そもそもここ地球は元々分かれてなどいない。
今は国があり、言葉も違うが元は1つである。
自らの国を愛すること、それは他国も愛すること。
自らの国が素晴らしいだけではなく他の国も素晴らしい。
自国の民が素晴らしいのではなく全ての国の民が素晴らしいのだ。
ここ地球にいるのは何人(なにじん)ではない。※どこかの国の人じゃない。
みんな同じ人類というだけだ。
皆同じである。
※言うとするなら地球人と言う事。
だから日本という国に生まれ、日本人とは素晴らしいという話を聞くが、他の国も同じように素晴らしいのだ。
ただ日本人は日本人として、日本の誇りを忘れている。
日本は他国と同様に素晴らしい国だ。
それを思い出してほしい。
そして日本人としての誇りを、心に持って生きてほしい。
日本人としての誇り、気高さ、和の心、 それらが自分の中にあるということを今一度確認してほしい。
ここ日本にいるということはそれらを受け継いでいる。
日本にいなくても日本人であれば、
また日本に興味を持ち、日本文化を大切にする、日本の言葉を喋る者。
他国にいても生まれが違う国であっても、
日本の和の心を持つ者は、
日本の精神を受け継いでいる。
日本にいて日本人として、日本の心を持つ。
和の心、他者を尊ぶ心。
他者を尊ぶ心とはまずは自分の心を尊ぶことなり。
日本の地、この地にある、この地が持っている波動、それを感じ高めよ。
高めるとは自身のエネルギーなり。
地球を感じ、日本を感じ、自分自身を感じ、
自己を見つめる機会を持て。
然らば即ちそれ己の中心にある扉に繋がる鍵なり。
自身をよく知りなさい。
そして自身が何者かを求めるのではなく、あなたはあなたなのだ。
そのままの自分を受け入れる。
これが自身を尊び、他者を尊ぶことになる。
誰かと比べるな。
誰かを見るのではなくて自分を見る。
そのままの自分自身がよいのだ。
そのままの自分を表現する。
三方よしの考え、
それは互いが互いにより良い影響を与えて相互に発展していく。
一方が利益を得るのではない。
双方に利(良い点、良い所)がある。
どちらか片方が苦しい思いをするのではなくどちらにもプラスになる。
優劣をつけるのは簡単だ、
比較すればいいからだ。
その比較の基準は誰が決めたのか。
その枠組みに自分を当てはめるな。
自分で自分自身を檻の中に入れない。
あなた方は自由なのだ。
本来もっと自由に発想していい。
もっと好きに生きてください。
しかしこれは他者に迷惑をかけて生きる、自己中心的な という意味ではない。
昨今の時代は言葉の要所要所に注釈を入れぬとあらぬ誤解を招く、
それもまたこの時代の特徴であるが、
それは様々な規範の中に自身を閉じ込めているから。
そのようにして何かと何かを比べ、何かの基準に従い判断を下す。
ゆえに、そのようなことが起きる。
それらを全て一度取り払い、
自分自身の心に問え。
何を思ったか、
何を感じたのか、
そなたらの本心は何なのか。
本当は何を思っているのか。
自分自身はどうしたいのか。
自分自身がどうありたいのか。
本音を知りなさい。
自分自身の本心を知る。
そのために自身と向き合いなさい。
そして日本という国に対して抱いているもの、
それは劣等感、罪悪感などそういったものをもう一度見直しなさい。
それは本当にそうなのかと。
いつまでもそういった感情を持ち続けている必要はない。
※反省しないとか悪いと思わないとか、そう言う意味はない。
なぜなら時間は動いているからだ。
また人は変わるからだ。
過去の凄惨な歴史の上に今の時代は確かにある。
しかし去から今に続く時間の中で、
また未来から今に流れる時間の中で、
過去にいたものは今に恨みを持ってなどいない。
その思いに囚われているものは今もわからないが、
見えぬ世界はそのような世界ではない。
またお前たちはいろんなものを選択できるのだ。
全ての世界は全てある。
思い描くことはすでにある。
選択次第で如何様にでもなる。
想い一つで変わる。
未来から流れくる時間、
時間と書いているが本来、時間など存在しない。
ただ全てが同時にあるだけだ。
その既に在るものをお前たちはただ、一瞬一瞬選択している。
様々な世界は様々な世界とつながっている、
そしてそれらは同時にあるのだ。
ずっと存在し続けている。
消えることはない。
また今現在も刻一刻と変化している。
変えていくことはできる。
それは過去の出来事もただの凄惨な歴史としてではなく、
実りあるものにすることも可能だ。
それがもう全てどうするかはお前たち次第だ。
これ(次第について)は一人一人だ。
だから本心を知れ。
自分と向き合う時間を設けよ。
それは誰のためでもない、自らのためである。
ほんの少しの時間でも構わぬ。
自分を知る時間を作りなさい。
そして、ここ地球という自然、
それらのエネルギーを受け取れ。
お前たちが自然を見た時感じるもの、
綺麗だと思う心、癒されると思う心、 それで良い。
感情が動かされる。
感動する。
感極まって涙を流す。
自然は地球にあるものだけではなく、
天体もそうだ。
星を見て美しいと思う心、
風を感じ、その風が心地よいと思うその気持ち。
それが自然のエネルギーを感じているということだ。
そうやって、お前たち自身が何者なのかを知っていく。
お前たちも自然の一部だということを忘れるな。