「sudden -突然-」vol,4
ⅴ,
車を走らせて三十分ほどが経過した。その中で竜司は、過去十時間分の記憶を喪失したことを話した。そして、美希から記憶喪失した間に起こった出来事を聞いた。それは、耳を疑う事態の連続だった。要約すると、次のようになる。
竜司がいよいよ飛び降りようとしたときだ。
ズドーン!!
午後十二時のチャイムがなり終わったとき、ものすごい轟音が辺りに響き渡った。
美希はそのとき、なんと竜司がいたビルの真向かいのビルにいた。美希はその轟音に驚き、ビルの屋上に上がったのだ。そのとき、真向かいのビルにいた、飛び降りる寸前の竜司を見つけた。美希はとっさに、
「飛び降りちゃだめ!!」
と叫んだ。そして轟音のことなど二の次で、竜司がいるビルの屋上へ向かった。
美希が屋上にたどり着いたとき、すでに竜司はその場にへたり込んでいた。急いで駆け寄る美希。
「大丈夫ですか?」
声を掛けると、竜司は平然と受け答えしたそうだ。しかし、その記憶は竜司には一切ない。
美希が名前や住所について聞いた時までは普通だったが、なぜここにいるか聞いたとたん、一切の記憶がないんだ、と答えたらしい。どうも、特殊な記憶喪失に陥っていたらしい。
「さっきすごい音がしてね」
美希が言うと、竜司は
「・・・どういうこと?」
と答えた。竜司の現在の記憶にも轟音の記憶はなく、どうもこの轟音によって記憶をやられていたらしい。
ここで美希が、ここからが重要だと付け加えた。
轟音の原因を突き止めるため、竜司と美希は、美希のいたビルまで戻った。美希がいたビルは、ニッポンテレビというテレビ局の本社で、正門前には各局の放送が生中継されているのだ。それを見れば、轟音について報道されているだろうから、ということである。
案の定、各局さっきの轟音について報道がされていたが、何かがおかしい。どの局もきちんとした情報がひとつもないのだ。そして報道特番で定番の定点カメラ、中継カメラの映像が一切流れない。不思議なことに、場所が特定されていないようだ。
そのとき突然、二回目の轟音。とたん、台場放送と書かれた画面が砂嵐になった。
・・・そこからは想像に難くない。何回もの轟音が、首都東京に響き渡った。そして、ほとんどの地域が、じわじわとだが確実に焼け野原になっていった。竜司と美希は必死で逃げた。車はエンストするたびに換えた。とにかくここから逃れるために。
そして、先ほどのオフィスビルに着いた。
つづく。
次回更新は明日です。一日遅れてしまい申し訳ございません。
「sudden -突然-」 vol,3
ⅳ,
あいにく、エレベータは全て非常停止しており、使用できない状態だった。仕方なく、すぐ傍の非常階段で降りることにした。
「大丈夫か?」
「うん。でもここ、36階だから・・・」
嘘だろ。36階って。
「・・・マジ?」
「どうするの?」
ここにいては、火に巻かれて二人ともお陀仏だ。ここから逃げ出せば、助かる可能性は高い。
「いこう」
「わかった。」
彼女はそういったあと
「ねぇ。」
「?」
「絶対、一緒に助かろう。約束だからね。もし、助かることができたら・・・」
竜司はごくりと唾をのむ。
「一緒になろうね。」
竜司の頭は、本当の意味でパニック状態になった。とたん、目の前が一瞬真っ白になり、床にぶっ倒れた。
「大丈夫、竜司くん?」
大丈夫、といいながら、今度は顔が真っ赤になる。当然また、
「ねぇ、ホントに大丈夫?」
竜司は完全に動揺を隠せないままだったが、
「・・と、とにかく降りるぞ!」
と、また美希の腕を掴み、階段を駆け下りていった。
まったく、いったいどうなってるんだ?
息も切れぎれ、ふたりはこのビルの一番下についた。一階は、ロビーになっているらしい。無言でふたりは、出口へ歩みを進めた。
外は、異常な静寂に包まれていた。しかし、そこらじゅうに散らばっているガラスの破片、事故を起こしている自動車、断線した電線、破裂した水道管・・・そのどれもがこの静寂には、あまりにも似つかわない。
竜司はとりあえず、記憶を失う以前の、今日の記憶を思い出してみることにした。
名は松永竜司。上京したはいいのだが、未だ就職先がなく、現在成人式を間際に、フリーター。四畳一間、トイレ・風呂・台所まで共同という、築三十年のおんぼろアパートに住民票を置いている。家賃一万五千円。
今日は、いつものように十時起床。十分後に朝食、十時五十分にアパートを出て、慣例になっているハローワークへ。そして今日も仕事はないことを告げられる。気を落として、これからどうしようと考え、いつもより深く考え、考えすぎて・・・
竜司はいつの間にか、ビルの屋上に立っていた。
竜司は、自殺しようとしていたのだ。
何もかもが、突然厭になったのだ。
一歩、また一歩と歩みを進める竜司。屋上だから当然、周りに人はいない。ちょうど、午後十二時を告げるチャイムが鳴るのが聞こえた。
「こんな最期かよ・・・」
それが、竜司の最後の思考、になるはずだった。
竜司の記憶は、そこで完全に途絶えている。てっきり、地上に落下して息絶えたのだ、と思っていたのだ。
そして竜司の記憶は、先ほどのビル最上階窓際から再開する。
「ねぇ、」
竜司は美希の一言で我に返った。
「・・・ん?」
「あの車なら、大丈夫じゃない?」
美希の指差した方向に一台、エンジンがかかりっぱなしの乗用車があった。中に人はいない。
「そうだな。」
つづく。
次回更新は、8月9日(日)を予定しています。
「sudden -突然-」 vol.2
ⅲ,
あっ、と、男は思わず声を漏らした。その顔はよく知っている、いや、正確にはよく見ている、とでも言おうか――――――だった。
彼女の名、いや、本名は知らない。俗に言う芸名は、真野美希。現在活躍中の若手人気女優、だ。この男―――松永竜司は、この女優の、いわば世間にたくさんいるファンのひとりであった。ファンといっても、俗に言うヲタクなどではない。純粋な、ただのファンであった。竜司は、いったい何が起こっているのか、まだ、ほとんど何も、わかっていなかった。
ふたたび、彼女に、今度は異常に緊張しながら、声をかける。
「だだだっ、だいじょうぶですか?」
彼女は完全に意識を失っているようだ。竜司は彼女を起こそうと、肩を少し強くたたいた。
起きない。
もう一度、今度は相当強くたたく、というより、ぶっ叩いたというほうが正しい。意識が戻らなかったら、と、竜司に極度の焦りがあるからだ。
「・・・」
彼女の瞼が、微かだが動いた。
「おい、しっかりしろ!」
彼女は、腕や足に傷を負っていた。一体、何があったのだ?
「・・・ん?」
彼女は瞼を開けた。視界に竜司の姿を認めると、突如として、泣きながら、抱きついてきた。竜司は、まったく意味が分からない。
「・・・? なんだ?」
竜司は意味が分からないやら、いきなり抱きつかれてうれしいやら、とにかくいろんな感情が混ぜ合わさって、頭がおかしくなりそうだ。
「・・・たすけて。竜司くん。」
えっ、と竜司は思った。なぜ、俺の名前を知ってるのだ?俺の頭をこれ以上混乱させるな!
しかし、記憶喪失しているのだから仕方がない。とにかく竜司は、彼女の知り合い―――少なくとも、竜司の記憶が喪失している今から十時間の間に知り合った―――ということである。すぐにでも彼女に、ここまでの経緯を聞いてみたいところだったが、彼女自身が相当錯乱状態の上、ここにいては大変危険だということは分かったので
「とにかく、ここを出よう」
と言って、彼女の腕をつかみ、稼動してくれるか分からないエレベータに向かって走り出した。
つづく
次回の更新は、8月8日(土)午後5時ごろを予定しております。