以前,わたしはメルマガを

発信していた時期があった。



メルマガの平均的な開封率は、

だいたい20%と聞いていたが、

なんと、わたしのメルマガの

開封率は85%くらいだった。



メルマガで何を書いていたかと言うと、

母の子育てと言うか、わたしの自叙伝

みたいなものを書いていた。



そのときに,メルマガを読んでおられた方が

いらっしゃったら、わたしのヘンテコぶりを

覚えておられるかもしれない。



わたしが生まれたときのことから

書き始めているので、母の話から

書いていた。



そのときの,母は、昔のことをよく覚えていた。



今も、ランチに何を食べたかは、

すぐに忘れるが、昔のことを聞けば、

けっこう答えてくれる。



わたしは、生まれたときに、

呼吸ができず、逆さにされて、

さんざん背中を叩かれてようやく

泣いたものの、低出生体重児だったし、



生まれて何日目かで、生きるのを

やめようとしたり、

突然,歩けなくなったり、

アトピーもひどかった。



人を見て笑わないのに、

木を見て笑う不思議な赤ん坊だった。



わたしも,4人の子どもを育てたが、

みんな赤ちゃんのときは、あやせば笑うし、

それはそれはかわいかった。



赤ちゃんって、そういうものだと

思っていたが、わたしは違っていた。



わたしの変人ぶりは、生まれ落ちたときから

始まっていたわけだ。



なので,わたしを育てることは、

大変だったと思われる。



それなのに,母がわたしの子ども時代の

話をするときは,決まって楽しそうだった。



内容は,けっこうひどいものなのに、

母は、ニコニコと楽しそうに話すので、

悲壮感が全くなくて、

つまり,わたしを育てるのは、

苦痛ではなかったのだろうとわかった。



母がすごいのは、周りの言葉を、

あんまり気にしていないこと。



周りからわたしに関して言われていた

ことより,自分が感じていることが

まさっていたようだ。



そして,周りから「おバカ」だと

言われていたゆうちゃんは、

大きくなって、母の子育てを本に書いた。



その本ができあがるのを、

94歳の母は、楽しみにしてくれている。



普段は,忘れちゃうけど、

言えば、思い出して「楽しみ〜」と

にっこり笑う。





周りからなんと

言われようが

ゆうちゃんは

いい子



それを、母は、貫いて来た。



と,言うか、心からそう

思っていたのだろう。



親の愛は

尊いねぇ


新刊の予約は⬇️こちらでできますので

よろしくお願い致しますm(__)m

 

2026.7.7 発売

「なんとかしなくちゃ」を手放したら
子どもは自分から動き出す

発達障害・不登校の子を育てる77のヒント

堀内祐子 | 1,760円(税込)

 
楽天ブックスで予約Amazonで