試験終了まで読書禁止としたはいいが、そう勉強に身が入るわけではなく、飽きてくるとネットをあれこれ検索している。
ふと思いだしたのは、20年も前に住みたかった大田区のアパート。
当時華やかな外資からちっこい商社に転職を余儀なくされ、6年住んだ西新宿のアパートも「もっと家賃の低いところに映らなきゃ」。しかし、日曜はジムに行ったり、いろいろと忙しい。やっと不動産屋に訪れると差し出されたのが1DKの間取り図。
「うそっ!!」
家賃、確か6万5千円である。
東京23区、駅から徒歩5分以内でこの家賃はあり得ない!
半信半疑で現地を訪れると、確かに古いがちゃんと鉄筋で、東南の角で、しかも
「台所が東の窓に面している。居室の東の窓から緑が見える。」
一目惚れ。
収納もいっぱい、タンスの置けるスペースがある、ダイニングに自作の絵や本を置けるつり棚がある。
トイレのドアがキッチン側ではなく、通路側に面している。
洗濯機だって室内に置ける。
ベランダへの窓が固いが、そんなのなんのその。
が、しかし。
「ついさっき申し込みが入ったんですよね。でも、外国人だから、大家さんから断わられるんじゃないかな。」
ジムなんかに行かないで、早く来ればよかった(泣)。
「あ、でも、別の部屋もすぐに空きますよ。連絡する?」
「くださいっ!」
しかし週明け、連絡が来ないので不動産屋に電話すると、「あ、もう二部屋とも埋まりましたけど」。
そんなあ。連絡くれるって言ったのに(悲鳴)。
現地に再び行ったが、駅から近いのに静かだし、防犯上も問題ないし、駅からの帰り道に激安のスーパーもあった。
「ここに住みたかったな・・・。」
やがてわたしは近所にやはり古い木造の2Kのアパートを借りた。家賃やっぱり6万円台。
東南の角なので、東の窓からやっぱり大家さんの庭の緑が見える♪。
が、しかし、
「なんで、洗濯がいつまでも終わらないの・・・」
ベランダの水道管が細いらしく、洗濯が夜中になっても終わらない。
あと、3畳間がキッチンと6畳間の間にあるのだが、窓がない部屋、わたしは嫌いだ。
隣が口うるさいおばさんだった。
激安スーパーは遠回りだし、便利でいいと思ったお惣菜屋はすぐに閉店した。
一番我慢がならなかったのは、階下の「うるさい!うるさい!!」という苦情。
あの、わたし、帰宅後は3畳間でパソコン使っているんだから、6畳間なんて寝るときしか横切りませんよ??
やがて彼女が「夜11時過ぎたら部屋の中は歩くな」と言うにあたり、わたしはブチ切れた。
で、移り住んだのが、結局17年も住むことになった隣の駅のマンションである。
17年のあいだ、「住みたかったアパート」の空き室情報は時々目にしていたが、「ここだって居心地いいし」と、引っ越すことはしなかった。
そのアパートが、まだちゃんと存在している。
築50年ぐらいだろう。家賃が7万円台になっているから、リフォームしたらしい。
もしも。
もしも、あそこに住んでいたら。
わたしはきっとその後違う会社に行って、違う人生を歩んでいた気がする。
実際17年住んだマンションの周りはフレンチやイタリアンやスイーツの店で散々食べ歩きしたが、
「あのアパートだったら、激安スーパーで食材を買って、慎ましく自炊して、」どういう人生を送っていたのだろう。
人生にはなんどか、「あそこであっちへ曲がっていたら」と思う瞬間がある。
地方都市の暮らしは、暗黙のうちに頭を押さえつけられている感じがあって、時々息が詰まる。
あのアパートに、東京に住み続けて慎ましくも自由に暮らしているもうひとりのわたしがいる。
どちらのわたしも、夜11時にはおやすみなさい。