会社を辞めてからというもの、組織とは常に距離を置いてきた。翻訳関係の諸団体には所属しておらず、勉強会やら研修やらも好きじゃない。「目からうろこ」と口癖のように言う人たちが信じられない。個人でそれなりに突き詰めた末の課題なら、そんな簡単に解決しないと思うのだが。新しい人脈?「この出逢いに乾杯」?そういうのを求めている人たちと繋がりたいとは思わない。
しかし通訳ガイドという未知の世界で実務を習得し、仕事を始めるには、とりあえずどこかの団体に所属するのが手っ取り早い道であることが相談や調査の結果わかった。その上で、1週間近い「新人研修」という通過儀礼に参加しなければならない。知らない人たちとロールプレイングしたり、バスに乗っておでかけしたり。越後の雪山に犬とこもってばかりだった仙人翻訳者にとっては、いきなりの苦行である。
そもそも、試験には合格したものの、「通訳ガイドに向いている」とは誰にも言われていないし、自分でも思っていない。さらにそもそも、人とコミュニケーションをとるのがあまり上手じゃなくて会社を辞め、人と関わることが少ない翻訳業を始めたんじゃなかったっけ?誰とも直接的に関わらず、比較されることもなく仕事をしていると、自分の短所を忘れて何でもできるかのように思い上がってしまうのがどうも困る。
案の定、初日からダウン寸前までヘコまされた。参加者のほとんどは上の世代で、あとは若い女性がちらほら。アンダー50の男性はほとんどいなかった。大教室での講義のあとは、グループ別のワークショップが設けられた。みんな2次面接をどうにか通ったぐらいの、自分と同じぐらいのレベルだと思っていた。「成田空港から新宿のホテルへ向かうバスの車内と思って2分間しゃべって」。そんな無茶ぶりに対応できるわけもなく、あわあわ言ってるうちにタイムアップ。ところがほかの方々はちゃんと形になっていた。久々に落ちこぼれ気分を味わい、うなだれて家へ帰った。翻訳と通訳ガイドの二刀流宣言を各所でしてしまったことを、激しく後悔した。
2日目も恥をかかされた。バスに乗って都内各所や成田空港を回った3日目も。満員の乗客の前でマイクを片手にジェネラルトピックをしゃべらされたり。ただ...なんだろう。恥をかきまくってるうちになんだか舞台度胸がついてきたような。これが仮に訪日観光客の前だったとしても、しっかり準備すればできそうな気がしないでもない。
そして少しずつ打ち解けてきた。出来の悪い45歳の“若手”は、お姉さんお兄さん方にかわいがっていただいた。研修後にグループの仲間でよく飲みにいった。おくびにも出さなかったが、皆さん相当な経歴の持ち主だった。人との新しい繋がりというのも、なかなかいいものだ。僕はあやうくこう言うところだった。「この出逢いに乾杯!」
4日目には鎌倉や箱根にも行ったが、顔見知りも増えてもはや遠足気分でルンルンであった。研修は5日目に座学に戻って終了。正直「目からうろこ」体験な特になかったが、「人前で恥をかく」機会というのは、仕事場にこもっている翻訳者にとってはなかなか得がたいものである。そのおかげで二刀流実現へ前進できた。新しい仲間もできたし、この歳になっても外に出てみると意外なことが起きるものだ。そういう意味では、組織に加入したり勉強会や研修会に参加するのも悪いことではないと感じたのであった。

むーしぇさんの読者になろう
ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります