失ってから分かる本当に大切なもの | 本物の館 健康でわくわくした人生を目指して

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お店に向かう時、マンション1Fの前で女性が右に行ったり左に行ったり何かを探していました。見ると、白い杖を持っています。

「何かお探しですか?」

 

「ありがとうございます。クリーニング屋さんはお休みでしょうか?」

 

「…あれ!」

すぐに答えてあげようと思ったのにその場所からクリーニング屋さんは見えません。少し移動して、…あった!あいてる!クリーニング屋さんってこんなに離れていたのか…

毎日出入りしているマンションで、しかも目が見えているのにこのありさまです。

 

「開いていますよ!こっちです」

 

…杖1本で駅前を歩いているのだから、目が不自由とはいえ少しは見えているんだろうな…と思っていました。ところが私が案内した時、クリーニング屋さんを通り越して行ってしまいました。ほとんど見えていないようです。

 

「ありがとうございました」

彼女は、自動ドアから中に入って行きました。

 

数十分後、マンションから出て少し行くと、再び彼女が前を歩いていました。そしてその先には道路用地のフェンスから飛び出した、かなり成長して太くなった雑草が大量に飛び出しています。

 

「危ない!」

彼女は、杖に障害物が触れたとたん立ち止まりました。一瞬考えてすぐに左によけて何事もなかったように歩いて行きました。それを見て、ほっとしたのと同時に少し感動しました。

 

その場面を見たことがある人なら状況を理解できるでしょうが、道路に植物が倒れて飛び出しているなど想定外です。彼女は、何が起こっているのかは分からないはずです。なぜ左に回れば障害物を避けられると分かったのでしょうか?

考えて見れば、不思議なことはたくさんあります。何か機能を失えば、違う機能がそれをカバーしてくれる。生命とはなんと不思議ですばらしいものなのでしょう。

 

『自身の目の前で起こる現象は自分のための気付きである』と言っていた人がいます。

目の大切さを感じながら、粗末にしてきたことを反省します。それでも、大切なものは失うまで気付けないのでしょう。本当の意味では…。

 

最初に視力を落としたのは若いころでした。「受験で眼鏡になっちゃったの?」と言われていたが、本当はインベーダーゲームのやり過ぎだったり。年を取ってどんどん身体の機能が落ちてきて初めて健康の大切さに気付きます。

少し遅いんですよね。

 

 

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