奥三河にはおおよそ二ツの高原がある。
北部の津具と、西部にあたる作手だ。
ある家族が作手高原の河原でキャンプをした。
ここは明治以降の大きな戦とはほぼ無縁の地である。ひたすらに穏やかでひたすらに静かな農村だ。
キャンプは二家族。食事も終わり、子供二人もいつの間にか寝入っていた。父親同士も昼間の疲れでさて寝ようかとそれぞれのテントの灯を消した。寝付きは二人とも早かったそうだ。食事時のビールも効いていた。
ひとりの父親がふと目を覚ます。人気(ひとけ)を感じた。もうひとりの父親か彼の子供達が自分のテント周りに居るのだろうかと思ったそうだ。暫くじっとしていた。もしかすると山の獣かもしれないという気持ちがあった。
耳を凝らすと、河の小石を踏むような音がする。それは時間が経つにつれ増えているような気配だ。獣なのか何か犯罪の前触れなのかしんとした空気に恐怖を滲ませた。
テント周りを回っている。しかもゆっくりとゆっくりと。あまりの無気味さに硬直したが意を決しテントの下を少しめくり目だけ向けて覗いた。
そこにはぼろぼろの軍靴の足先がゆっくりと動いていた。足の指が出た靴、片足しか見えない風な靴もある。恐さで更に硬直した。足先がひとつ、テントの下に入ってきたのだ。思わず声を上げた。瞬間ささっと同じ方向に散る気配。少し経って河原を見るが何もなかった。
この地で軍装備をしていたとすれば、作手から出兵してついぞ戻れなかった無念がそれだったのかはわからないが、砂浜で同じような話は聞いたが、山奥の河原での体験は珍しい話である。