閏月…太陽と月の復活 下 | シンイetc. 〜かけらを探して〜

シンイetc. 〜かけらを探して〜

ドラマシーンの間に散りばめられた欠片探しとその後の勝手な物語とか、四方山なおしゃべりなど

 

 

 

 

茜色の空が、天から落ちてくる闇と混じり合う黄昏の中、ふたりは徒歩で屋敷へと向かう。

一歩ごとに足元が暗くなってゆくようで、ウンスは白い息を吐きながら小走りになっていた。

 

 

寒さからか幾分色を失った唇を真一文字に結び、眉の間に僅かに皺を寄せている。

妻がこういう表情を見せのは、十中八九何かを気に掛けている時。

組んだ腕をクイッと引くようにして、チェ・ヨンはどうかしたのか、と尋ねかけた。

 

その女人(ひと)は、驚いたように目を丸くし、口を小さく開くと…

 

「ん? ちょっとね」

 

言い淀む。

 

…貴女らしくありませんね

「話しを、聞かせてくれませんか?」

 

「じゃあ、話しながらゆっくり歩こうか。

ね、あれ新月でしょ? 」

 

そうだ、と答えると、腕を絡ませながら…

新月の夜に願い事をすると叶うのだ、と目を輝かせ小さく微笑んだ。

 

「だから、何をお願いしようかなって…考えてた」

「ほう…そのような言い伝えがあるとはな」

 

「ちょっとっ。あなた今、鼻で笑わなかった?」

 

上目遣いで睨まれた。唇まで尖らせている。

今夜ばかりは妻の機嫌を損ねたくない。

それに、願い事が何なのか知りたくもある。

 

「願おうか、俺も一緒に」

 

すると、ポカンとした顔に、花開くように笑みが広がって…

 

「帰ろう! 急がなきゃ。

願い事はね、心に思ってるだけじゃダメなの。紙にきちんと書かなくちゃ」

 

 

◆◆◆

 

いつもより、豪華な夕餉が用意されていた。〆はウンスの力作、トンジ(冬至)パッチュッ(あずき粥)だ。

 

 この画像は pintrest からお借りしてます

 

「どう?」

 

いささか酒を聞こし召し、ウンスは夫の顔をのぞき込むようにして訊ねかける。

 

「旨いですよ。身体が温まる」

「なら、こっちも食べてみて」

 

普段甘いモノは口に入れない男(ひと)だけど、嫌いってわけじゃないみたいだし…

 

 この画像も pintrest からお借りしてます

 

それは、優しい味がした。

栗の実に似た、ほのかな甘さが口の中に広がって溶けてゆくようだ。

最後の一口まで食べ終えると、妻と目が合った。

 

「口の中で蕩けるようです。それにしても、よく砂糖が手に入りましたね」

「備蓄よ、備蓄。ちょっとずついただいたものをさ。けど、二人分がぎりってとこ」

 

チェ・ヨンは居住まいを正すと、目の前の女人(ひと)に改めて礼を言う。

そして…

 

「イムジャ、今年は十九年に一度の朔旦冬至にあたります」

「さくたん、冬至?」

「朔とは新月を、旦は昇る陽を表す言葉」

 

ウンスは卓に肘をついたまま、ふんふんと頷きながら…

「冬至は、太陽の陽がいっちばん短くなって、今日を境にそれが逆転してゆく日よね?

一日一日、日が長くなる境目になる。 

新月は、真っ暗闇の夜が、今夜を境に満月へ向かうから、これも逆転の日?」

「陰極まって陽に転じる、とも」

 

「じゃあ、今夜は…太陽と月が復活を果たす、特別な夜ってことね」

 

特別な夜、か

「うまいことをいいますね」

「ほめてくれるの?」

「いくらでも。

それに、同じく十九年に七度訪れる閏二月もあった」

「あっそれ、メトン周期※ね。

なら、思いきり張りきって願い事を書かなくっちゃ!

ね、どうせなら、月を見ながら書いてみるとか?」

 

「寒いですよ(特別な夜だ)」

「もう少しだけ飲んだら…(特別な夜だもの)ね?」

 

 

◆◆◆

 

その女人(ひと)がどういう願い事をしたのか、気になって仕方がない。

なのに…

 

「見せないって決めた。(見せちゃったら、あなたの重荷になるかも)」

「俺も同じ願い事をすれば…」

 

書き記した紙を懐に入れ、イヤイヤをするように首を振っている。

 

「見せてはくれぬのか」

 

🔷

 

ズルいわ!

そんな目で見られたら…

断れなくなっちゃうの、知ってるくせに

 

ウンスはチェ・ヨンに抱きついて、首の後ろに腕を絡めると…

 

「抱いて…」

そう、ひと言だけ呟いた。

 

 

 

ねえ、月は太陽の光に照らされた部分に地球の影が反射されて、その形が変わって見えるの

新月に始まって、上弦の月、満月、そして明けの三日月までの29日と12時間44分のサイクル

これって生理周期とほぼ同じでね、新月の今夜、わたしの身体は排卵を迎えてる

それに、新月の夜って受胎しやすいっていう統計も出てるのよ

実は、パッチュッの中に、滋養強壮の紅参も入れちゃった

だから、抱いてくれますか?

 

 

 

そして…太陽と月が復活を果たそうとする夜、ウンスは念願の子を宿したのだった。

めでたしめでたし

 

 

 

終わり

 

 

 

※メトン周期

19暦年を235暦月(6940日)に等置する周期。この周期で月のみちかけと季節の関係が同一に戻る。前433年にギリシアのメトンが提唱したことからこの名がある。太陰太陽暦の基礎をなす周期で,235=12×19+7だから19年間に閏(うるう)月を7回おけばよく,19年間の暦をきめれば以後はその繰返しとなる。

出典:株式会社日立ソリューションズ・クリエイトより

 

 

なんと!ウンスったら甘い方に、紅参(6年根の高麗紅蔘)入れちゃってたのね!