トニ・ブランコ(Tony・ Hemiphere・Blanco)
中日ドラゴンズ所属 #42
ドミニカ共和国サン・フアン・デ・ラ・マグアナ出身
1980年11月10日生まれ(28歳)
右投げ右打ち
一塁手
年棒2760万円(2009年)
ブランコはボストン・レッドソックス傘下でプロとしてのキャリアを始めた。2002年にシンシナティ・レッズへトレードされる。2003年に1Aでプレーした際には、レッズの若手有望株として名前を連ねた。
2005年シーズン前にルール5ドラフトでワシントン・ナショナルズへ移籍。キャンプ招待選手として春季キャンプに参加し、2005年4月4日にメジャーデビューを果たす。この年は56試合に出場し、打率.177、1本塁打、7打点という内容だった。以後はメジャー出場することなく、2008年はコロラド・ロッキーズ傘下2Aでプレーし、打率.323、23本塁打、88打点を記録。同年秋のドミニカウインターリーグで活躍し、中日関係者の目に留まる。
2009年
中日ドラゴンズへ入団。同年3月3日のナゴヤドームでのオープン戦(対千葉ロッテ戦)で始めて打席に立ち、ホームランを放っている。4月3日、横浜との開幕戦で初打席に三浦大輔からバックスクリーン中段に飛び込むソロホームランを放ち、初打点・初安打・初本塁打を記録。2009年5月7日の対広島戦では前田健太からナゴヤドームの高さ50mの位置にある天井スピーカーに直撃する推定飛距離160mの大飛球を放ち、1997年の同球場オープン以来初となる「認定本塁打」を記録[3]。 5月16日の対横浜戦では、来日初のサヨナラタイムリーヒットを打った。 6月25日には、交流戦の活躍が認められ、交流戦スポンサーの日本生命から日本生命賞(セ・リーグ優秀選手賞)が授与された。
7月1日の対阪神戦で本塁打を放ち、2007年のアーロン・ガイエル以来となる来日初年度に所属球団以外の全球団から本塁打を達成。 7月10日の対広島戦で来日初のサヨナラホームランを放った。
外国人選手には珍しく、豪快なプレイスタイルからは想像できないほど真面目であり、内野ゴロに対して常に全力疾走するなど、野球に対する態度も周囲が認めている。また、入団の決め手となったのもこの性格によるものだという。
また敬虔なキリスト教徒でもあり、本塁打を放った後の感想は毎回「神様に感謝します」のくだりで締められる。
名前は「トニ・ブランコ」であるが「トニー・ブランコ」と間違えられる事が多く、この事を本人は嫌がっている。
プレイスタイルは
前述の認定本塁打以外にも、2009年だけでいずれも左翼方向にナゴヤドーム・京セラドーム大阪の5階席に放りこむ・東京ドームの看板上部直撃・長良川球場の外野屋根に当たっての場外弾、ナゴヤドームの左中間プライムボックス席の窓ガラス直撃、片手一本かつバットの先に当たった打球でナゴヤドームのライトスタンドへ運ぶなど、バットに当たったときの飛距離は凄まじいものがある。ただし、ホームランを放つ時の打ち方は意外とコンパクトで下から上へ振り抜くゴルフのスイングに似たパターンが多い。
上記のように豪快なバッティングのイメージが強いが、それる送球を体を伸ばして取る守備を見せたり、ヘッドスライディングといった走塁など果敢なプレーを見せる。
Wikipediaより