気が重いですがお伝えせねばなりません。
本ブログや議会報告でもたびたびお伝えしてきた島本駅西側の都市計画の変更についてですが、2019年8月5日14時40分、大阪府の都市計画審議会にて、正式に市街化することが認められてしまいました。多くの住民のみなさまが納得していないままにこのような結果になってしまったこと、本当に残念に思います。
市街化が決まってしまったJR島本駅西側
この日をさかのぼること5日、7月31日に島本町で都市計画審議会が行われました。
平日の昼間開催だというのに、傍聴には途中の入れ替わりも含めて150名ほどがこられたそうです。わたしは今回はじめて傍聴ではなく、審議会委員の立場として参加したので外の様子は伝聞となりますが、それでも入室前の熱気と人の多さは尋常ならざるものがありました。傍聴の定員は10名ですのでクジにはずれたほとんどの方(もしくはクジをひかなかった方)はロビー(及び廊下)で審議会のゆくえを音声のみで聞き届けたという形になりました。
傍聴者だけでも島本町政はじまって以来の多さだったようですが、今回特筆すべきは、幼小中高校生といったたくさんの子どもたちが聞きにきてくれていたことにあります。これまで行われてきた意見書にも小学生かな?と思われるものが複数含まれていましたし、2月に大阪府で行われた公聴会では6年生のお子さんが大人顔負けの立派な公述をされていました。人によって理由はさまざまでしょうが、それほどに、町民にとって駅西の空間は思い入れのある場所になっているのです。
さて、3時間半にわたった審議の内容です。
先月全戸配布したわたしの議会報告の表紙には「都計審は住民意見に応えるのか?」と書いたわけですが、結論からいうと、残念ながら都計審は「住民意見に応えなかった」ということになります。島本町の都市計画審議会は島本駅前に50mの高層マンションができる内容を含む都市計画を出席委員14名中(議長のぞく)、賛成12名、反対2名(中田と公募の永山委員)の賛成多数で可決してしまいました。
賛成した方々の主な理由は「いままで進めてきたことだから今さらやめられない」というものでした。
一方、わたしは今回の都市計画審議会では一貫して、「都市計画案は一旦時間をかけて考え直すべき」と主張しました。最大の根拠は多くの住民が高層マンションを可能にするこの計画を望んでいないことにあります。このことは2月と6月議会で行政も認めています。
都市計画とは、一部の方のこまりごとを解決するためのものでなく、住民の福祉の増進のために、まち全体としてのあるべき姿を形つくるものです。
今回提出された意見書から、たしかに地権者の方々が駅前開発をよかれと思って計画されていることはよくわかるのですが、多くの住民の願いとかい離しているといわざるをえないのが現状です。
これが話の前提条件です。都市計画である以上、この現実をみすえた上で考えなくてはいけないわけですが、今回の審議ではその前提条件すら共有できぬまま、審議会委員の発言としてどうなの?という内容があちこちからとびだし、およそ審議会というものの体をなさないまま、採決がされてしまいました。
例えば、
・議長(都市計画の学識経験者)が会議冒頭で聞かれてもいないのに、この計画は進めるべきだと発言したり(←公正中立の立場から審議会をリードしてまとめるのが議長の役割なのに?一体どういうつもり?)
・ある委員が、審議会のこれまた冒頭で、町長の意向を確認し、進めるということであれば安心しました、と発言したり(←審議会は町長の諮問機関として独立した立場で、専門的知識をもって調査審議する場です。そもそも町長は進めたいから審議会に付議しているわけで、それをうけて、では審議会としてどう判断するのか、このまま進めるべきなのか、一度立ち止まって考えるべきなのか等を検討するのが役割なのに…審議会の意味をまったく理解しておられない?)
・ある委員は、特定の委員をとりあげて審議とは関係のない内容について「下品」であると個人(わたしのことですが)攻撃をしたり(←しかもこれを行政も議長も注意しない。さらにこの発言をされた方は人権団体の長としてこの場に参加している方だという…)
・またある委員は駅西地区は農薬の使用で死んだザリガニしかいない、自然は破壊しつくされている、といったり(←ここにはケリやドジョウなど府や国の準絶滅危惧種が生息していますので、死んだザリガニしかいないという発言は事実に反します。この発言については、場外の傍聴者席ではあまりのことにどよめきがおこったそうです)
そしてなにより一番残念なことは、賛成した方々の誰一人、この計画を進めることが島本町にとってベストだとはいわなかったことです。ベストではないことは随分まえから分かっていたことなのに改善の努力もせず、それを漫然と放置したのは行政と都計審です。ここまで進められてきたのだからとめられない、と評論家のようにいえる立場ではないわけです。無責任にもほどがあります。
もう一つ気になったのは継続審議を望む声に対し、きりがない、という発言があったことです。
キリがないということは、結局さまざまに掲げられている問題において解決する見通しがないということを意味するのでは?もしくはキリがないといっていいほど、本件については問題が山積していることを認めているということです。にも関わらず進めるというのは、もう計画を進めること事態が目的になってしまっていて、町にとってなにがよいか悪いかを決めることが目的ではなくなっている、というように感じざるをえないわけです。
もちろん、どこまでいっても全員が納得するということはないでしょう。しかし、まっとうな案であれば多くの人が賛成するはずです。不安懸念事項に対し納得のいく説明や代替案を提示し、多くの人が賛成する状態にもっていくことが最低条件ではないでしょうか。説明会やタウンミーティングを重ねれば重ねるほどに、住民からたくさんの異論が出続けているわけです。現状のように多くの住民が反対の意向をもっていると認識していながら計画を進めるということ(かつ反対の意向をくつがえすだけの公益性もない)は、住民の福祉のためにある自治体としてあってはならないことです。行政として、都市計画審議会として、このまま進める、という結論をだしたということはつまり、住民の意見はきかないのだ、と宣言したも同然です。住民自治がしたいといって当選した町長は一体どこにいってしまったんでしょうか。
さて、今回傍聴にきてくださったみなさまはどう思われたでしょうか。がっかりしている方も多くいらっしゃるかもしれません。わたしは同様のがっかりを4年前の都市計画審議会(駅西地区の市街化の一歩手前の段階の決定)の傍聴で味わいました。町の重要な決定があのような議論ともいえないような議論を経て決められてしまっている、と。そしてそのあまりな議論や内容は審議会だけでなく議会でも繰り広げられていました。ノンポリ主婦だったわたしは、その衝撃と憤りを、その後議員となり多くの方にこの町の実態を伝えること(もちろん行政への働きかけもですが)に費やすようになりました。行政や議会や審議会があんじょうよくしてくれているからまかせておけばいい、んじゃないんだよ、と。誰がどのような意見でどんなメカニズムをもってしてこの町の大事なことを決めているのか?
まずは実態を知ること。そうしたら、その事実を踏まえた上で、なぜこうなっているのか、この状態をよくするためにはどうしたらいいか、次のステップにうつることができるでしょう?さてさて、少しでもこの現状をよくするための、みなさんの次のステップはなんですか?
今回の都市計画審議会について、「しまもと町民の会」さんが傍聴記録をあげてくれています。正式な議事録があげられるまでの間、どのような議論があってのこの結果なのか、興味のある方は確認してみてください。
http://chominnokai.livedoor.blog/archives/19155323.html
今回の島本町都市計画審議会資料や委員名簿は以下のサイトから
