Side C










僕にとっては青天の霹靂とも言える告白を受けた
だって、彼は…
つまり、ユノヒョンにはスジンという彼女が居て、擦れ違いの末だとは言うけれど別れたばかりだったから



それを分かっていても、オメガになってしまった自分の肉体的欲求を満たす為にヒョンに抱かれていた僕に何も言う資格なんて無いのだろうけど
けれども、僕にだって良心は有るしヒョンの事を尊敬しているし幸せになって欲しいと思っているし…
だから、別れたと聞いて申し訳無い気持ちがあった



それでも、ユノヒョンは
『チャンミナの所為じゃ無い』
と言って、もう関係を持たないという僕の言葉を聞いても
『他のアルファと関係を持つのは危ないから』
『チャンミナが辛そうだから』
そう優しく言って僕を抱き続けた
結局、快楽に負けて…
そして、僕のなかにもヒョンはスジンよりも僕を選んだ、という優越感のようなものがあって、仕事ではこれ迄通り普通にして、だけど夜はヒョンに抱かれる、そんな事を続けた



そして、何度もユノヒョン以外を頼らないと
肉体的欲求を、オメガになってしまって植え付けられた疼きを抑える為の相手を見付けないと、と思っていたら俳優の男に媚薬を盛られて…
助けに来てくれたヒョンに抱かれ、そして
『チャンミナが好きだ』
と告白された



「…そんなの…勘違いに決まってる」

「え?どうかした?」

「いえ、何も」



ユノヒョンの車のなか、助手席の外側を眺めて呟いたのに、ヒョンの耳にも届いたのだろうか
まあ、聞こえたところで僕のその言葉の意味するところなんて分かる筈も無いし、運転中だから何を言ったか、まで聞こえていない筈



「最近、車に一緒に乗っても僕の中古車ばかりなので…
何だか広くて変な感じですね」



前に向き直って、ユノヒョンの顔を見る事無く言った
オメガになってから、ヒートの抑制剤とピルを処方してもらう為に定期的に通うようになった病院
少しでも人目を避ける為に、と購入した小さな中古車
初めに助手席にユノヒョンを乗せた時は、あまりに距離が近いから居心地が悪かった
けれども、それにも慣れが出てしまった

何だかもう、オメガになった頃のあの地獄のような日が懐かしい
勿論今も悩みは尽きないし、どうして僕が、という思いは無くなる事は無い
それでも、やはりひとは順応していくものなのだ



「…何ですか」



視線を感じて、左側をちらりと見た



「ユノヒョンは運転中ですよね、危ないし見ないでください」



そう言ったら、前を向いてくすくすと笑う
どうして楽しそうにしているのか分からなくて少しむっとしていたら、右手が伸びてぽん、と頭に掌が優しく乗せられた



「大丈夫、前も見ているから
そうじゃ無くて…ついこの間、この車でチャンミナの部屋に帰ったのは覚えて無い?」

「え…っあ…」



気付かない振りをしていれば良かった
だけど、記憶が有るから恥ずかしくて焦りが顔に出てしまった



「覚えているなら良かった
…いや、チャンミナにとっては怖かっただろうし…」

「僕は男です、別に怖い思いなんて…」

「じゃあ、助けに行かなければ良かった?
媚薬なんて飲ませる男に抱かれても…?」

「……その話は忘れたいので、もう持ち出さないでください」



本当は全部覚えている
そして、きっとユノヒョンだって覚えている
僕があの時
『あの男になんて抱かれたく無かった』
『ユノヒョンが良い』
そんな風に…
薬で欲に支配された頭で、とは言え確かに思って口にした言葉を



「思い出させてごめん
だけど、本当に心配だから…
この間はシウォンから連絡があって知れたけど、そうじゃ無きゃ分からない
だから…チャンミナも気を付けて」

「……」



気を付けて、も何も
あの時僕は身体が少し疼いていた
ユノヒョンはスジンと別れたばかりでフリーだったけど、だからと言って身体だけの関係を続けても良くないと思った
だからユノヒョンを頼ったらいけないと思って、あの俳優…
ハンさんが僕に少なからず興味を抱いている事を知って、彼に会いに行ったのだ

そんな風に、僕は僕なりにユノヒョンの事を考えている事をきっと、ヒョンは知らない



「…好きだから心配だし、色々理由を付けてるけど…
好きだから俺以外の誰かに抱かれて欲しく無いんだ」

「…そうですか」



ヒョンに恋人が居なくて、そして僕を好きで抱きたいならば、お互いに身体が疼いた時には抱き合えば良いのかもしれない
そうして、ユノヒョンを利用してしまえば良いとも思う
だけど、ヒョンの気持ち自体が一体何処から来るのか、が分からない

だって、僕達は元々ただのメンバーだ
お互いに二次性関係無く同性になんて興味は無かった
つまり、僕がオメガに突然変異なんてしなければ僕達は身体を繋げる事は無かったし…
そうならなければ、ユノヒョンが僕に恋愛感情なんて抱く事は無かった筈
それならば、ユノヒョンの言う『好き』は純粋な恋愛感情では無いと思う



「嬉しくなんて…」



また、窓の外を眺めてぼそりと呟いた
嬉しい、なんて思ったら自分が弱くなったようで嫌なんだ
庇護されるオメガになったと自分で認めたようで



「あと少しで着くよ」

「…はい」



オフの今日、何故か連れて行かれる事になったのはスジンのマンション
ユノヒョンと彼女はつい先日二度目の恋人関係から破局したばかりなのに

どうしてなのか、と聞いたら
『本当の事を話したいし、スジンもそう言ってくれたから』
なんて、意味の分からない事を言われた

ユノヒョンの考えが分からない
けれども、僕との事を話したのか、とそれと無く尋ねたら
『それは一切無い』
と返って来て安堵した
まるで自分の保身ばかりだけど…
そんなところから、僕がオメガであるだなんて知られたくない
だから、これは自衛だ



スジンのマンションが見えて来た時に、ふと思った
オメガになり果てた僕を好きだなんて言うユノヒョンは、僕の項を噛んで番にしたいと思うのだろうか、と
けれども、直ぐに馬鹿げた考えだと自嘲した
だって、番になればそのふたりはお互いにしか欲情しなくなるし、例えばオメガの僕なら他のアルファに狙われる事も無くなる
だけど、番と言う『契約』はどちらかの命が尽きる迄解けない
そんな事を一時の気の迷いで考える程、ユノヒョンは浅いひとでは無いから

















「…何だか…修羅場とかにならないですよね?」

「あはは、まさか
そうだな…やっとチャンミナに話せるから気持ちが軽いよ」



スジンの部屋の前で帽子やサングラス、マスクを取って髪の毛をわしゃわしゃと整えた
ユノヒョンがインターフォンを押すと、直ぐになかから足音が聞こえて…



「今日はありがとう、チャンミンも」



スジンはまるで別れたばかりの恋人に会う、とは思えない、どこかすっきりした表情で迎え入れてくれた
それは何だか、アルファの彼女の強さを表しているようで…
オメガである事を後ろめたく思う今の僕には理解も出来ないし眩しかった



リビングに通されて、アイスコーヒーを出してもらい、三人でダイニングテーブルを囲んだ
僕の左側にユノヒョン、そして、ユノヒョンの前にスジン 
ふたりはすっきりした顔をしていて、やはり僕には理解が出来ない



「本当はね…」



口火を切ったのは、スジンだった



「ユノには何度も言ったの
本当の事はユノからチャンミンに話してくれたら良いのにって」

「…本当の、って…」

「でもね、ユノは私に気を遣って私に利用されていてくれて…」

「利用じゃないよ
スジンと話してそうするって…俺も納得して決めたんだから」



何だかやはり置いてけぼりだ
少しばかり面白く無くて、コーヒーを啜ったら、スジンはそんな僕を見てくすりと笑った



「チャンミン、面白く無さそう
尊敬する大好きなユノヒョンが一度別れた女とまた寄りを戻して、もう別れたって言われたらそうなるよね」

「…っ、違、僕は別に…!」



慌てて立ち上がってしまって、それから座ってもう一度コーヒーを飲んだ
左側から視線を感じて、ユノヒョンが何だか嬉しそうにしているのが分かったから悔しかった



「実はね、ユノには彼氏の振りをして欲しいって頼んでいたの」

「…は?だって、ふたりが寄りを戻したって聞いた時だって…
スジンはユノヒョンへの気持ちを凄く、その…
聞かせてくれたよね?」



そう、僕はその気持ちを聞いて…
その時からずっと、ユノヒョンと関係を持っている事が後ろめたくて仕方無かった
そして、最初こそ…
スジンは以前僕が想いを寄せていたひとだから悔しかったけれど、直ぐにヒョンにはスジンがお似合いだとも思っていた

彼女は確か
『仕事第一で恋人を作る気は無かったけれど、このひとしか考えられないと思ったから』
そんな風に恋人…つまり、ユノヒョンへの気持ちを教えてくれた



ユノヒョンとスジン、ふたりを交互に見たら、ヒョンは困ったように優しく微笑んで、そしてスジンは
「嘘を吐く事になってごめんなさい」
と僕に頭を下げた



「あの時話したのは、私の…本当の恋人の事
オメガの彼女が居るの、彼女を守りたくて…
だけど、私達の関係がもしも世間に知られたら、女性オメガである彼女は好奇の目に晒されてしまう
だから、せめて今だけでも…そう思って、ユノにカモフラージュの恋人になって欲しいと頼んだの」



スジンが話したのは、まるで考えもしていなかった事
オメガ、という言葉が出た瞬間は心臓が飛び跳ねたような感覚だった



「黙っていてごめんね
私が無茶なお願いをしたのに、ユノは笑って受け入れてくれて
だけど…申し訳無いって思ったし、彼女にもひとに迷惑を掛けないでって怒られた」

「そうだったの?迷惑なんかじゃ無いよ
少しでも役に立てたなら…」



ユノヒョンは優しくスジンに語り掛ける
そう、結局彼は誰にでも優しい
だから…
もしも、オメガになったのが例えばスジンなら、それとも他の誰か…ユノと親しいひとだったとしても、僕にするように抱いて守って…
『好き』だなんて言うのだろう



「チャンミンも…誰にも言わないでくれる?」

「え…うん…」

「私の彼女…オメガで辛い思いも何度もして来て…
付き合ってはいても、私も忙しくてなかなか守る事も出来なくて
これ以上はもう、このままじゃ彼女を守れないって思ったの」



いつもはっきりと物を言う、強気な彼女が何だかとても言い難そうに視線を下に落とす
オメガで、そして辛い思い…
それはきっと、だけど複数のアルファに狙われたり、もしかしたら無理矢理、だとか、そういう事なのだろう

男の僕よりもきっと恐ろしいだろうし、オメガは生きやすくなったと聞くけれど…
それでも個人差も有るのかもしれない



「それで…この話をするのは、ユノと…それから今、チャンミンが初めてだから緊張するし怖いんだけど」

「大丈夫だよ
チャンミナだって誰かに言ったりしないし…
スジンは彼女を本当に大切に想っているんだろ?」

「…うん、ありがとう」



ユノヒョンは、何だかいつも、相手が欲しがる言葉をさらりと口にする
それもアルファ故の何か能力なのか…
いや、きっと、ユノヒョンならば例えオメガだとしても変わらない気がする
だって、僕の中身はベータの頃と今、つまりオメガになってからも変わらないから



そんな事を考えて俯いていたら、前から視線を感じた
スジンはきっと、ユノヒョンの言葉で『話し辛い何か』を話す勇気を貰ったのだろう
真っ直ぐに僕を見ていた



「私ね、彼女を守りたいって思って…
同意無く、彼女の項を噛んだの」

「え…」



身体が一気に冷えたような気がした
同意無く項を噛んで番になる、それはアルファとオメガの間に有り得る事
そうして番になったふたりは本人達の意志とは関係無くお互いとしか肉体関係が持てなくなる



「守りたいって…でも、そんな簡単に出来る事なの?」



自分の声が震えている
必死に、テーブルの下で拳を握り気持ちを落ち着けるけれど、そうしないと身体も震えそうで怖い
そう、怖いんだ



「…付き合っていたし…
幸い、彼女も私とならって言ってくれているから
それくらい彼女が好きで仕方無くて、そして…
自分が守れない時に彼女が誰か他のひとの物になったり、身体も心も傷付けられるのが耐えられなかったの」

「…そう、なんだ」

「だけど、そうして彼女を守ろうとする余り、今度はユノの事まで巻き込んで…
それじゃあ駄目だって彼女に怒られたの
番になれば他のアルファを呼び寄せるフェロモンも出ないし、ヒートになってもそうだから、って」



ちらり、と左側を見たらユノヒョンはにこりと笑う
スジンは僕がオメガである事を知らない
それはもしかしたら、彼女には番のオメガが居て、彼女にしか反応しないから、なのかもしれない

そして、それよりも怖いのは、こんな話は聞きたく無かった、という事
だって、結局はやはり、オメガは庇護される対象で…
ずっとオメガとして生きて来たスジンの彼女だって、番にされないと身の危険がある
そんなの、僕はどうなるのだろう

やっとオメガである自分の身体にも慣れて来たけれど、まだまだ分からない事だらけ
またヒートになったら、抗えない程の発情期が来たら?



「…僕、先に帰ります」

「え…おい、チャンミナ!」



がたん、と立ち上がって背を向けた
立ち上がったその瞬間、スジンと目が合ったけれど、彼女はどこか後ろめたそうな顔をしていた
結局、何だかんだ言ったって、無理矢理項を噛んだ負い目が有るんじゃ無いかと思う
オメガの彼女を守る、なんて…
その彼女は幸せなのだろうか
僕なら…?



「…っ、関係無い…」

「チャンミナ、待って、帰るなら一緒に…!」

「離せよ…っ」



後ろから腕を掴まれて振り返った
傷付いたようなスジンの顔が見えた
こんな時、ベータの僕ならどんな風に反応したのだろうか
こんな風に過敏になる事は無かったのだろうか



僕の事をオメガだと分かっているユノヒョンは、スジンの話を聞いてどう思っていたのだろうか
何だか涙が込み上げて来て、僕もいつか誰かに項を噛まれてしまうのかと思うと怖くて…
兎に角ここから逃げたくてもう一度前を向いたその時、リビングの扉が…
僕が開けるまでも無く開いた



「…っえ…」



現れたのは、小柄でとても可愛らしい女性
そして、一瞬で『オメガだ』と分かった
だからなのだろう



「…あなたもオメガなのね」



自分の、認めたく無い二次性
まるで、逃れられない運命を突き付けられたような気分だった


















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