大神神社

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奈良の石上神宮へ行く時は、そのあとで大神神社にも行っています。

今まで何回も訪問しているのですが、拝殿で神様の声が聞こえたことがありません。

境内は、ほわっとした柔らかい雰囲気でリラックス出来るのですが、神様の声が聞こえないので 「何故だろう? この神社にはいないのかな?」 と思っていました。

御神体は三輪山なので、これは一回登山をするべきだと思い、去年の10月に登ってきました。

三輪山の神様は、古いというか、穏やかなお年寄り風というか、雰囲気的には仙人のようです。

そしてよく笑います。

声に出して笑うタイプではなく、 (そういう神様もいます) 微笑むタイプです。

山の名前は三輪ですが、神社は大神 (おおみわ) なので、 「おおみわの神様と呼んだ方がいいですか?」 と聞くと、 
「大、は人間が勝手につけたものだから、三輪でよい」 と言っていました。

この神様は時折微笑みながら、いろいろなことを教えてくれました。

登山を終えて、大神神社境内に入ると・・・明らかに波長が違います。

大神神社は三輪山の神様本体ではなく、三輪山のふもと、というか、すそ野の神様たち、という感じがします。

三輪山で私が 「3回か4回大神神社に来ました」 と言ったら、 (その時は声が聞こえませんでした、というニュアンスで) 神様は 「なかなか下へは降りぬからのぅ」 と言っていたのです。

大神神社境内で私が感じたのは、なんていうか、位の高い三輪の神様のすそ野の小さな神様たちが一生懸命いい仕事をして、守っている神社といったところです。

優しい波長で、たしかに優しく柔らかくほのぼのなんだけど、三輪の神様本体じゃないです。

仕組みはわからないけれど、すそ野の神様たちは三輪の神様の一部です。

言葉通り、すそ野部分です。

私の説明では、ちょっとわかりにくいですね。

次回、三輪山に登った時にちゃんとしたことを聞いてきます。

とりあえず今回は私の感じたままを書いてみました。








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