政治家と法律家の境界線

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今日は本当は別なことを書こうと思っていたのですが、ちょっと思うところがあり、タイトルに挙げたようなことを書いてみようと思います。

 

ちょっとマジメな話です。(いつでもマジメなつもりですけどね。)

 

 

ご存知の通り、国会議員は政治家などとも呼ばれますが、彼らの仕事は国会で審議をして法律を作ることにあります。法律案だけでなく、それに付随する予算案や決議案など、多い年で年間200本近い議案を審議しているようですけど。

 

 

 

一方、法律家というのは、作られた法律を解釈し運用し、あるいは行政の運用に合わせて実務活動を行います。日本では法曹と呼ばれる弁護士・裁判官・検察官などが法律家の最高峰と言われますが、広い意味では行政官僚、そして税理士や行政書士や公認会計士や社会保険労務士なども含まれると言っていいでしょう。

 

 

法律を媒介として、作る側と運用に携わる側で別れるのが政治家と法律家なのかもしれません。

 

 

僕は法律事務所に勤務していたことがあるのですが、法律家というのは法理論体系の中での正しさを追求するという印象がもの凄く強いです。まぁ、価値観や解釈が法律家個人によって違うので、何が正しいかも人によって大きく変わりますけれど。

 

それでも法律家は自分自身の価値観と法理論体系を合理的に擦り合わせをして、「正しさ」を追求していると思います。

 

何も弁護士に限りません。僕がこれまで勤務していた会計事務所でも会計士や税理士は法律と自身の規範意識を念頭に置き、その枠をはみ出ないような会計処理、税額計算を志向していました。従業員である僕もそういうボスの下、指導され現在に至っています。

 

 

それに対して、政治家について。僕は政治家との付き合いはまったくないのですけれど、器の大きい政治家(←これが誰を念頭に置いているかどうかは、このブログの主題ではないので多くは書きません。)は、法律家のように理論的な正しさよりも、足して2で割るような解決方法を模索するものなのかなと思っています。

 

 

1人だけ例を出しますが、田中角栄という総理がかつて我が国にいました。(僕は彼が活躍した時代のことを直接は知りませんが。)官僚や地元の支援者や関係する業界団体の話を本当によく聞く方で、しかもその利害調整が抜群に上手かったとか。

 

ある方が、その田中角栄氏を評していましたが、彼の頭の良さは、高級官僚のような頭の良さとはまた違っていたそうです。法理論的な正しさも把握した上で、あえてその理論的な正しさとは相反するような決断をして、その上で多くの人を納得させていたと・・・

 

なんとなくわかる気がします。政治家に必要な調整力って、理屈としての正しさではなく、秀才には絶対に思いつかないようなちょっとだけひん曲がった、それでいて多くが納得するような結論を捻り出す事だと思うのです。

 

 

そう考えてみて、現在の憲法下において日本の総理で弁護士や法曹出身者がいるかなぁと思い調べてみると・・・1人しかいませんでした。片山哲氏です(現憲法下最初の総理。)

 

 

こうやって見ると、法律家というのは政治家に向いているようで、根本的なところでは向いていないのではないかと思います。

 

別に政治家を目指しているわけではありませんが、とても興味深い事例だと思います。考察をもう少ししてみて、また何か気付いたら、このブログに書きたいと思います