注意再投稿です。

 

2010年1月の話です。

 

 

今日はリパブリックデー。

インド憲法が発布され、共和国となったことを記念する日。

 

 

街のあちこちにこういうものがあった。

これはガンジー。

 

こっちはスバス・チャンドラ・ボース。

ベンガル人のインド独立運動家で、

コルカタの空港の名前にもなっている。

 

スバス・チャンドラ・ボース

 

こんな人↓

英ケンブリッジ大留学後、マハトマ・ガンジーの

反英闘争に参加。国民会議派議長を務めたが、

ガンジーらと対立。(非暴力主義のガンジーに対し

彼は武力による解放を唱えた)

1941年に軟禁中のコルカタの自宅を脱出し

ドイツでヒトラーと会談。

43年には潜水艦を乗り継いで来日し、

東条英機政権の後押しで自由インド仮政府を樹立。

インド国民軍を率いて日本軍とインパール作戦で

英軍と戦った。敗戦後も独立闘争の継続を決意した

が、45年8月18日、台北で事故死。

 

彼の遺骨は杉並区にある蓮光寺にあって、

以前彼の大ファンだと言う友達に連れられ

て、像を見に行ったことがある。

日本に遺骨があるのが不思議だね。



ムスリム街のネコちゃんたちがジーッと

見ているのは・・・

 

カゴいっぱいの鶏!

 

いつもサダルに手作りの楽器を売りに来るおじさん。

 

昔からバックパッカーに大人気の屋台、

ティルパティのキショリ。

 


熊しっぽ熊からだ熊からだ熊からだ熊からだ熊からだ熊からだ熊からだ熊からだ犬からだ犬からだ犬からだ犬からだ犬あたま

 

 

ヒデを絶対に連れて行きたかった場所の

一つのマザーテレサの孤児院。

 

 

私が10年前から何度も何度も通って

全身全霊を注いでボランティアをしてきた

とても思い入れのある大切な場所を、

付き合っている彼にも見て欲しかった。

 

 

愛するソニアちゃんにも会ってほしいラブラブ

 

 

ダヤダンに到着すると、モナと言う

インド人ワーカー(マーシー)がすぐに

私に気が付いて、

「アンティ!!爆  笑」って言ってくれた。

 

 

他のマーシーたちもみんな覚えていてくれて嬉しい!

 

 

今回はTHANK YOUって言うかなぁ~?

と思いながら

シスターに500RS分くらいの大量の

子供たちのパンツを渡すと・・・

 

「PUT  IT  THERE!!右差し

 

はい、いつもりでしたゲラゲラ

 

 

寄付されることに慣れ過ぎてると

こうなっちゃうんだなぁ~。

 

 

さて、ソニアちゃんはどこかな~?

居た!!

 

 

全然笑わない。

前回は毎日ニコニコ笑ってたのに。

最近はあまり構って貰えてないのかな?

 

 

脳性麻痺のソニア。

しばらく会わないうちにまた体がガチガチ

に固まってしまっていた。

 

 

私が前回滞在していた時は毎日毎日

マッサージをして柔らかくなってたのに、

と悲しくなった。

継続できなければ意味がない。

 

 

ボランティアの入れ代わりの激しい

こう言う施設では、全ての子供に目を行き

届かせて十分なケアを継続することは難しい。

 

 

マーシーたちは他の仕事で手一杯で、

子供たちをマッサージするような余裕はないし、

 

 

マッサージを必要とする子供たちは他にも

沢山居るから、ボランティアが居ても人手

が足りないことが多々ある。

 

 

ススミタ、プジャ、グングン、プリヤ、

アジーナ、シャントゥ・・・・・

たくさんの懐かしい顔に会えて嬉しいチュー

 

 

ヒデも子供たちにご飯をあげるのを手伝っ

た後、私は子供たちと遊んでいたら

 

 

まだボランティアの時間は終わっていない

のに、ヒデは手持無沙汰でつまらなくなったようで、

 

 

「タバコ吸って来るわ。」

 

 

と出て行ってしまった。

 

 

仕方なく私も後を追って下に降りると、

ヒデはめちゃくちゃ機嫌が悪かった。

 

 

「気分わりー。」らしい。

 

 

体調が悪かったわけではなくて、

ボランティアと言う行為に対して抵抗があ

って気持ち悪いらしい。

 

 

ケニアのナイロビのスラムに日本人男性が

作った学校があって、そこにみんなで手伝

いに行った時も、

 

 

他の男の子たちは一生懸命遊具を作ったり

してたのに、

ヒデは「気分わりー。オレ帰るわ。」

と一人でさっさと帰ってしまったのだ。

 

 

世の中にはボランティアに対して否定的な

人も沢山居るし、偽善者だとか自己満足

だとか批判する人も居る。

ヒデは完全にそっち側の人だ。


 

お金を貰って同じ仕事をしたら誰も批判

しないのに、無償でやると急に批判される

ことが不思議だなーと思う。

まぁ色んな考えの人が居るからね。

 

 

自分の彼氏が、自分がずっと頑張ってきた

こと、大切にしてきたことを

全く理解してくれないのはとても残念だ。

 

 

過去に連れて来た元カレたちは、

自分はボランティアには興味がなくても

ニコニコしながら子供と関わってくれたり

私の大切なことを理解してくれようとした。

 


「気分わりー。」って・・・・ガーン

 

 

夜ご飯を食べた後、ヒデは別の街で知り

合った日本人カップルの部屋に遊びに行く

と言って出て行ってしまった。

 

 

その人たちとは数日前一緒にご飯を食べに

行った。

 

私より年上なのに喋り方がうるさいし、

軽いし、子供っぽいその男性の方を私は

あまり好きになれなかった。

 

 

いかにも長期旅行者です、というような

服装と雰囲気を醸し出している彼らと、

同じくまだ長旅の途中のヒデは馬が合う

ようだったけど、

 

 

4か月前に旅を止めて、家を決めたり仕事

を決めたりと、

既に日本の現実の生活にしっかりと目を向

けて準備をしていた私には、ヒデも含めて

彼らがとてもだらしなく見えてしまったし、

 

 

一緒に長旅をしていた時は、色んな場面で

守ってくれて頼もしく思えた彼のことを、

何だか頼りなく「この人大丈夫かなぁ?」

と思うようになって、

 

 

どんどん彼との間の溝が深まって行っているのを感じた。

 

 

毎日遊んでいるだけの旅の間と、

日本で一緒に生活をするのとでは、

相手に求めることが全く違って来る。

 

 

楽しい!好き!だけでは生活していけない。

 

 

そのことに薄々気が付いてはいたけど、

 

 

一年間色んな苦労をしながら一緒に旅をして、

22カ国で作ったたくさんの思い出を共有

する彼を失いたくなくて、

 

 

私はまだ彼が何とか私の望む方向に気持ち

を向けてくれないかと、必死だった。

 

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