Sonokoの一人ときどき二人旅
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フェルト絵本➁

 

フェルト絵本4作目は、東北ボランティア

で一緒に生活班でご飯を作っていたゆりかへ。

 

 

約5ヶ月間の宮城での出来事をギュッと

まとめた記事はこちらから。

娘ちゃんがボタンにハマってるって聞いた

から、ボタンをいっぱい使った絵本にしたよ。

 

 

 

 

全部でボタン54個!!

 

 

ボタンをカジカジしてる所の写真を

送ってくれた。取れて飲み込まないか

心配だけどアセアセアセアセアセアセ

 

5作目は、世界一周中に中国で出会い、

イスラエルでめっちゃもてなしてくれた

イタイ&ハダール夫婦へ。

 

イスラエルと日本の国旗。

 

いないいないばーの絵本にしたよ。

動物の名前はあえて日本語で。

 

 

 

 

 

バスケットにはそれぞれの動物の

エサが入ってる。

 

 

写真を送ってくれたよ。

 

フェルト絵本➂に続く。

 


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続・マザーテレサの【死を待つ人の家】のボランティアの話

 

昨日の続きです。

 

 

カーリーガートでのボランティアの仕事は

洗濯・お風呂介助・排泄介助・シーツ交換

・配膳・食事介助・お皿洗い・マッサージ

・話し相手などなど。

 

 

中の様子。

画像はこちらからお借りしました。

http://www.kolkatabengalinfo.com/2015/05/mother-teresas-nirmal-hriday-kolkata-old-age-home.html

 

 

約ニヶ月間の話をギュッとまとめて書き

ます。



ボランティア二日目、あるおばあさんに

日本人ボランティアがマッサージをして

たんだけど、気に入らなかったみたいで、

 

 

「代われ!!!」

 

 

って言われて、私が引き継いだ。

 

 

そのおばあちゃんの名前はルーシー。

体がちっちゃくてガリガリにやせ細って

いて、リウマチを患っていた。

 

 

私のマッサージは気に入ったらしく、

話をしながらマッサージをした。

 

 

「英語が話せない日本人が多くて困る。

 助かるわ、ありがとう。」

 

 

ってお礼を言われた。

 

 

大人は言葉でコミュニケーションが取れる

からいいな、とその時は思ったけど、

ルーシーみたいに英語がペラペラな患者

さんは他には誰一人いなかった。

 

 

路上から連れて来られるような人たちは

当然下層の人々で、ヒンディ語かベンガル

語しか話せないのが普通。

貧しくて病院に入ることが出来ないから

この施設に連れて来られるのだ。

 

 

ルーシーは色も白いし、どことなく品も

あり、元々はある程度裕福な家庭の人だっ

たんじゃないかと思った。

 

 

私は当時片言のベンガルすらわからず、

当然ヒンディもわからなかったから、

おばあちゃんたちとのコミュニケ―ション

にとても苦労した。

 

 

ベンガル語で「便器持って来て!」って

言われているのに全然理解してあげられ

なくて、

 

 

あれかな?これかな?って色々やってる

うちにやっとわかって持って行ったけど、

おばあちゃんをカンカンに怒らせてしまった。

 

 

言葉が通じないのって、子供の世話をする

時以上に大問題だ。

 

 

と思っていると、一番端っこのベッドの

おばあちゃんがベッドの横に座り込んで

う○ちをしてしまった。

 

 

それはコロコロコロッと下の段まで落ちて

来て、おばあさんは手でお尻を拭いて

そのまま寝てしまった。

 

 

布を濡らして、そのおばあさんの

お尻と手を拭いてあげたけど、あの手で

そのままカレーを食べるのだろうか??

(当時は石鹸できれいに手を洗ってあげるなんて

 ことしてなかったと思う。)

 

 

一人とても若い骨と皮だけの女性が居て、

苦しいのかずっとうめいていて可哀そうだ

った。彼女は生きられるのかな・・・

 

 

スペイン人のボランティア二人が彼女の

手を握って励まし続けていた。

 

 

その次に行った時も、ルーシーにマッサー

ジをした。骨を揉んでくれと言われ、痛く

ないのかなぁと思いながらやった。

 

 

ルーシーは体が痒いと、細い木の棒で掻い

てくれと言う。

 

 

「もっと強く!!もっともっと!!!!」

 

 

って乾燥した皮膚がポロポロ取れて来て

しまうまで強く掻かされて怖くて嫌だった。

 

 

躊躇していると、

 


「私がもっと強くって言ってるのよ!!」

 


って怒鳴られてしまった。

 

 

体が痒くても自分で掻けないなんてもどか

しいんだろうなぁ。

 

 

その次に行った時は、

 

 

「今日は体が全然痛くなくて、一人で

 歩いてトイレに行ったのよ。いつもは

 carry carry(抱っこして連れて行って

 もらってる)なのにニコニコ

 

 

ってご機嫌だったと思ったのに、

手を洗って拭いて欲しかったのを私がすぐ

にわかってあげられなくてまた舌打ちされ

て激怒。あーあアセアセ

 

 

ルーシーはシーツの掛け方からベッドに入

った後のスカートの直し方まですごく細か

いこだわりがあって、本当に大変だ。

 

 

夕食タイムになり、あるおばあさんにご飯

をあげていると、ベンガル語で何やら

ブツブツ言い始めた。

 

 

独り言なのか、何か伝えたいのか全くわか

らなくて、子供たちにするように

 

 

「そう~。うん~。そうだね~。」

 

 

って相槌を打っていると、おばあさんは

ポロポロ泣き出してしまった。

 

 

何て言ってたんだろう?

私に何かして欲しくて必死に訴えてたの

かな?

わかってあげられなかったから泣いてる

の?

 

 

わーーーーーキツイぐすん

老人が泣いている姿を見ると胸がギューっ

と苦しくなる。

 

 

私、ここで働いてていいのかな・・・

分かってあげられないのが辛いし、

罪悪感を感じてしまう。

 

 

男性の方に背中を大火傷した若い男の子

が運ばれて来て痛々しかった。

そんな火傷を目の前で見たのは初めてだ。

 

 

こんな所で治療が出来るのだろうか。

それとも治すことを諦めたからここに連れ

て来られたのだろうか。

 

 

ボランティアを終えて、仲が良かった日本

人の男の子と帰ろうとしていると、男の子

が「ビニール手袋をはめて手伝って」

とシスターに言われた。

 

 

見ると、男性患者が亡くなっていた。

ほんの少し前まで生きていたのに。

さっきまで動いていた人が動かなくなる。

ただただそれが不思議だ。

 

 

男性はシスターがお祈りを捧げた後

運ばれて行った。

 

 

その後もすっかりルーシー専属みたいに

なってしまい、行く度に呼ばれるようにな

った。

 

 

「サンキューアンティー(施設ではボランテ

 ィアをこう呼ぶ。)


 

って言ってくれたから、

 

 

「ルーシーはいつもありがとうって言って

 くれるから嬉しいよ。」

 

 

と言うと、

 

 

「でもね、私は時々ボランティアの人に

 すごく怒鳴ったりするでしょ?

 

    自分の体が動けばいいけど、何でも

 頼まなくちゃいけないから

 それをボランティアの人が理解して

 くれない時イライラして怒っちゃう

    のよ。 

 

 この前シスターニルマラマリアが来た

 時、そのことを反省して、どうぞ私の

 為に神に祈って下さい、許して貰える

 ように、ってお願いしたのよ。」

 

 

そうなんだ!!びっくり

いつもすぐに怒鳴り散らすから、

このワガママバ◯◯!!!って思ったこと

もあったけど、心の中ではそう思ってたん

だね。

 

 

14年もベッドの上に居て、自分で動けな

くてイライラするのは当然だよね。

 

 

怒鳴ったと思ったら、体が痛くて痛くて

シクシク泣いてることもあるもんね。

怒鳴られても我慢しよう。

 

 

先日運ばれて来た、骨と皮だけの若い

女性は、もうダメだと判断されたのか、

点滴も抜かれてしまって昨日より更に弱っ

てしまっていた。

 

 

もう目の焦点が合わないようになっていて

ガリガリの腕を私の友達(看護師)の肩に

回して、

 

 

「う~~~ん。う~~~ん。」

 

 

と唸っていた。

何か最後にしてあげられることはないか

考えたけど、頭を撫で体をさすることしか

出来なかった。

 

 

数日後、シスターにバナナをほんの少し

だけ食べさせてもらっていたのを見た僅か

10分後に行くと、彼女は息を引き取って

居た。静かな最期だった。

 

 

同じ日に運ばれたばかりの中年の女性も

ほぼ同時に亡くなった。

 

 

大火傷で運ばれて来た若い男の子は

ボランティアを手伝ったりしてくれるほど

回復して、ピンピンしていたキラキラ

中にはこうやって元気になる人も居る

のは嬉しい。

 

 

私は午前中の子供の施設で疲れてしまった

時は、午後のカーリーガートはサボってた

から間が空くことが多かったんだけど、

 

 

ルーシーは私が行く度に笑顔で

 


「アンティーが来るのを待ってたのニコニコ

 


って言ってくれた。

 

 

時には、ルーシーが隣の患者さんの

言ってることを英語に訳して助けてくれ

たりしたけど、

 

 

やっぱり殆どの患者さんたちとコミュニケ

―ションが取れないことが苦痛だった。

 

 

お手伝いをしに行っているはずなのに

言葉が通じないせいで怒らせたり、泣かせ

たりしてしまって、全然役に立ってない気

がして、

 

 

私は洗濯や食器洗いなど裏方の仕事をして

いることが多かった。

 

 

次回は、その裏方仕事について書きます。

(2回で終わるつもりが終わらなかった・・・)


昨日はたくさんの票を有り難うございま

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マザーテレサの【死を待つ人の家】のボランティアの話

 

本題に入る前に、



この前このインドの結婚式の記事に

 

“女性たちが舌を左右に高速に動かして

 高音を出してた。レロレロレロレロ~

 って感じ”

 

 

って書いたら、

 

 

その記事に出てきたまさしさんが偶然にも

「オレその動画持ってるよ。」

って、わざわざレロレロ部分だけ切り取っ

て編集してくれました!!

やさし~爆  笑ありがと~~!!!

 

 

レロレロってこれのこと!!

1分の動画なので是非見てみてください!

ベンガルのおばちゃんたちかわいいドキドキ

 

うん、インドに行きたくなった。

 

 

まさしさんもめちゃくちゃインドに通って

いて、私が行ったことのないインド各地の

色々なお祭りや田舎も訪れて、素晴らしい

写真をたくさん撮ってる人なのキラキラ

 

 

つい最近アメブロを始めたんだけど、

そのうち写真も出て来ると思うので

是非フォローして下さい爆  笑よろしくね!

 

 

チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄

 

2000年、私が24歳の頃の話です。

 

 

私はその時約1年インドに滞在して、

半年はカルカッタ(コルカタ)のマザーテ

レサの施設で働いていた。

 

 

主な施設は

①ニルマル・ヒルダイ (カーリーガート)

 “死を待つ人の家”と呼ばれる。

 お年寄りが多い。

 

➁プレムダン

 障害を持った成人の施設。

 

➂シシュバヴァン

 赤ちゃんから10歳くらいまでの子供の

 施設。障害のある子供、ない子供の二つ

 の建物がある。

 

④ダヤダン

 障害を持った子供の為の施設。

 シシュバヴァンの子供が大きくなって

 移って来ることが多い。

 

他にもいくつかあるよ。

 

 

私が2000年に主に働いていたのは

➂のシシュバヴァンの障がいのある子供

の施設だったんだけど、

 

 

午前中しか働いてなかったから、シシュ

に慣れて来たころ、午後疲れていない時

だけカーリーガート(死を待つ人の家)

で働いてみることにした。

 

 

正式名称はニルマル・ヒルダイなんだけど

ボランティアは皆カーリーガートって呼ん

でた。

カーリーガートは地名でメトロの駅の名前

でもある。

 

 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

 

 

話が逸れちゃうけど、カーリーガートには

カーリーテンプルと言う有名なお寺がある。

 

画像はこちらから

https://kolkatatourism.travel/kalighat-kali-temple-kolkata

 

 

そこには、カーリーと言う血と殺戮を好む

戦いの女神が祀られている。手には生首を

持ち、首には生首のネックレス、腰には

切り取った手。こわ~滝汗

踏みつけているのは夫のシヴァ神。

ヒンドゥ教は理解出来んわ~あせる

特にカルカッタのある西ベンガル州での

信仰が厚いんだって。

 

 

この寺院で有名なのが、ヤギの生贄の儀式

で、カーリーに捧げるために毎日午前中に

ヤギの首が刈られる。

 

 

ヤギは殺されるのが本能的にわかるみたい

ですごい鳴くんだけど、それがまるで人間

の赤ちゃんが泣いてるみたいな声なのえーん

 

 

何度か行ったけど、首を刈る瞬間はやっ

ぱり目を開けていられなかったあせるあせる

切られた後もまだ手足をバタバタさせて

いて、かなり衝撃的な光景だった。

 

 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

 

 

話はボランティアに戻ります。

 

 

このカーリーガートの施設は、

カルカッタの道端で死にかけている人たち

を連れて来て、亡くなるまで世話をする

いわゆるホスピスで、マザーテレサが初め

て作った施設。

 

 

中には元気になって施設から出る人も居る

けど、結局路上に戻り、再び体を壊して

繰り返し戻ってくる人も多いと聞いた。 

 

 

施設でボランティアをするには資格などは

特に要らないんだけど、

患者さんを見つけて連れて来るこの仕事

だけは、医師、看護師、救急などの資格を

持つボランティアが多かった。

 

 

毎日カルカッタのハウラー駅周辺の貧しい

人たちが集まるエリアに出掛けて行って、

食べ物を届けたり、手当をしたり、状態

の悪い人はカーリーに連れて来たり。

 

 

同じドミだった看護師の友達がこの仕事

をしていたんだけど、ある日

 

 

「そのちゃん聞いて~。今日ね怪我してる

 人の包帯を外したら、中からウジ虫が

 ワッ!って出て来たの~~。」

 

 

ってワッ!の所に手振りを付けて語って

いて、私にはとてもできないと思った。

やっぱすごいな看護師さんは!!って

思ったのを20年経っても覚えている。


 

カーリーガートボランティアの初日の

日記に書いてある感想は、

 

 

 “初めてですごくワクワクした。

 中に入るとすぐ男性の患者さんたちが

 ズラ――――――ッと並んでいて

 すごい迫力。

 

 シシュバヴァンと違ってすごく静かな所

 にあるし、清潔感があってとても良い

 印象。(えっ?清潔感?って今読んでかなり

  驚いたけど・・・)金魚が入った水槽や鳥

 かごもあった。

 

 患者さんの食事の準備を手伝い、

 山盛りのいんげんとニンジンを切り、

 りんごの皮むきをしただけで、今日は

 患者さんの居る中の様子は全く見る事

 は出来なかった。

 また来たいと思える場所だった。”

 

 

この施設もボランティア最終日には写真を

撮っていいことになってたけど、子供の施

設と違って撮り辛くて全然手元にないあせる



中の様子がよくわかる動画があったよ。

20秒~1分の所まで映っているのが

カーリーガート。

これを見て貰えたらどんな場所なのか

イメージが湧くと思う!

 


明日はここで私がどんな経験をしたのか

書きますニコニコ

 

 

最近減ってきちゃった・・・えーん

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フェルト絵本①


今日はハンドメイドのこと。



旅のことから内容が逸れてばかりいると

アメブロさんに記事を削除されるとの噂

なので、時々挟んで行きたいと思います。


 

幼い頃母親と一緒にフェルトで人形を作っ

たりしてたけど、それっきりお裁縫なんて

全く興味なかった。

 

 

世界一周中にエジプトで知り合ったゆき

ちゃんに赤ちゃんが産まれたと聞いて

何故か突然「フェルトで絵本を作ろう!」

って思い立って、

 

 

10年前にお裁縫道具やフェルトを買い込

んで来て作り始めたのがきっかけで、色々

作るようになった。

 

 

ダイソーに行くと18㎝×18㎝の正方形

のフェルトが売ってて、これをそのままペ

ージに使えばちょうどいいグッ

画像お借りしました。https://woman.mynavi.jp/kosodate/articles/5666

 

 

それで試行錯誤しながら初めて作った

のがこれ。

 

 

今はネットでイラストを見つけて、それを

見ながら適当に切って作るんだけど、

この時は保育の壁面の型紙を使って、

きっちりそのままの形で作った。

 

絵本の周りを“ブランケットステッチ”で縫

いたくて、保育園に持って行ってお裁縫が

上手なパートの先生にやり方を教わったんだ。

 

 

5畳一間の狭いアパートに赤ちゃんと泊ま

りに来てくれてね、その時に渡したの。

美味しいって(笑)今この子は超美女に成長

しておりますラブ

 

二作目は、20年前に一緒に南インドの

スーパースター、ラジニカーントのお宅に

一緒に押し掛けたゆうじさんの赤ちゃんへ。

 

“チェーンステッチ”で文字を刺繍すること

を覚えた。

 

 

 

やさい、くだもの、むし、おはな、さかな

どうぶつと来て・・・・




いきなりインド!!

パパと同じインド好きになりますように

の願いを込めて爆  笑

 

ほら、もう興味持ってる!!!

 

三作目は、世界一周中に南アの宿で一緒だ

ったご夫婦の息子さんへ。

キャラクターものに挑戦。

 

 

しょくぱんまんの顔がちょっと長すぎたよね・・・

 

 

 

数字に興味を持ってもらえたかな??

 

フェルト絵本➁に続く。

 

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【世界のご飯】アルゼンチン・チリ編

 

世界一周で回った国の順番で食べ物を

紹介してきてたんだけど、

 

 

マラウイの次のザンビア(滞在6日)は

写真ゼロ。マラウイのやわらか~いシマ

と同じような物を食べてたよ。

 

 

ナミビア(滞在16日)は物価が高すぎて

ほぼ毎日自炊。

 

 

南アフリカ(滞在20日)も物価が高くて

ほぼ毎日自炊。パスタが多かったかな。

 

 

なので、

飛ばして南米に行ってアルゼンチン!

 

 

なんだけど、

アルゼンチンも物価が高く笑い泣き30日居た

けど外食したのは、

 

 

この安いピザ屋と、

 

アルゼンチン最終日のビュッフェ

(19ペソ=約650円)の2回だけ笑い泣き

しかもここ中華系。

 

この時二人旅だったんだけど、二人とも

久し振りの外食だから

「これも取れ、あれも取れ」ってなって

いっぱい取って来たはいいけど、全然

美味しくなくて、最後にはヒデが吐いて

なんか知らんけど怒られた!!笑い泣き

 

 

アルゼンチンと言えば牛肉が有名。

この二回の外食以外は、頻繁に牛肉を買っ

て来てステーキにしたり、ミートソースを

大量に作って何日も食べたりしてた。

 

アルゼンチン代表のお茶と言えばマテ茶。

「飲むサラダ」と言われる程体にいいらしい。

ボンビージャと呼ばれるフィルター付きの

ストロ―みたいなので飲むよ。

向こうに居る時は毎日飲んでたけど、今は

苦すぎて全然好きじゃない。

 

お次は、チリ。

チリも物価が高く笑い泣き、11日間の滞在中

殆どが自炊だった。

 
 
そのうちほとんどがこの海の近くの・・・
ってチリは細長~~いからどこでも海の近
くか!!爆  笑ビーニャデルマールって言う
赤い印の所にある街の、とっても居心地の
いい日本人宿“汐見壮”に居たよ。

 
ここビーニャでは美味しい魚介類が安く食
べられる。アルゼンチンでは牛肉祭りだっ
たけど、チリは魚介祭りだ爆  笑キラキラキラキラキラキラ
 
宿の近くにあるシーフードマーケット。
 
サーモンが大好きだから1キロ買い。
一キロで3000ペソ=約600円!!
 
マーケットの前に出ていたエンパナーダ
の屋台。
 
お肉のしか食べたことなかったけど、珍し
い魚介類のエンパナーダで美味しかった。

 

宿での自炊はこんな感じ。

貝のバター焼き。

 

エビとサーモン丼!!

 

ムール貝・エビ・サーモンパスタ。

 

サーモンのマリネ風。

 

アサリとサーモンとイカ。

 

サーモンに片栗粉を付けてサッと揚げて

サンドイッチにした。アサリとイカのミル

クスープと。

 

そしてまたサーモンとイカの刺身。

 

魚介類いっぱいの雑炊。

 

誰かが買って来たフジツボをおすそ分けし

てもらった。初めて見た!!!

 

中身はこんな感じで、カニの旨味をギュギ

ュっと凝縮したみたいな味で、めちゃくち

ゃ美味しかった!!

 

日本では見かけないアーティチョーク。

食べ方がよくわからなくて、丸ごと茹でて

マヨネーズを付けて食べたけど、ブロッコ

リーの茎みたいな感じ?特に美味しいと思

わなかった。

 

こんな感じの毎日。

チリ料理って何???どんなの??笑い泣き

 

 

フィッシュマーケットでこの量のペリカン

が魚を狙ってる光景がすごい面白かった!

 

けどね、ペリカンの糞を頭に浴びるのは

キツいっす笑い泣きカラスの比じゃない!!!

 

そしてボリビア近くのサンペドロ・デ
アタカマへ。

 

ここでは一度外食した。チキンの焼いたの

とポテト、ご飯、パン、トマトで3500

ペソ=約700円。

 

インディヘナの小さな村ではお肉を焼いて

売ってたよ。

 

リャマ肉だって。

柔らかくて臭みもない。

 

すっごくビミョーだった梅と麦みたいなの

が入ったジュース。

 


という訳で、アルゼンチン料理もチリ料理

も全くご紹介出来ませんでした笑い泣き



アフリカ南部やアルゼンチン、チリの物価

でこれじゃあ、やっぱりヨーロッパは諦め

て良かったよねアセアセ



ちなみに、私が世界一周で使ったのは

2年半で215万。(2007〜2009年)

この資金だと、私みたいな貧乏旅になりま

笑い泣き

 


きれいなホテルに泊まったり食事にお金を

掛けて美味しい物を食べることより、



その分節約して一日でも長く旅をして、

色んな場所を見たり色んな人と関わること

の方がずっと大事だったんだよね。



物価の安い国でも、庶民が食べる安食堂ば

かりで食べてたけど、それでも十分旅は充

実してたキラキラ

 

 

次の国ボリビアは物価が安かったから、

結構写真あるかな〜??ニコニコ

 


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元バックパッカーの婚活話⑪

【世界の民族ファッション】チベット編

 

久々の民族ファッションシリーズのお時間

です爆  笑

 

 

今日は大好きなチベット編キラキラ

チベットも2007年時点で、もう若い人

は殆ど普通の洋服を着てたぐすんだから目が

行くのはお年寄りばっかりだった。

 

 

チベットの民族衣装はめちゃくちゃ素敵

だから残して欲しいなぁ。

 

 

まずはラサのポタラ宮周辺

 

ポタラ宮をコルラするおばあちゃんたち。

コルラは周りをグルグル回って巡礼すること。チベット仏教では時計回りに、ボン教

では反時計回りに回るんだって。

 

ポタラ宮に向かって五体投地するおばあち

ゃん。チベット人は長い三つ編みをしてい

る人が多い。中南米でも多かったよね。

 

これはグアテマラのおばあちゃん。

チベットと中米のグアテマラはすっごく

離れてるのに、同じ三つ編みの習慣がある

のが不思議。紐を編み込むのも一緒だし。

何か繋がりがあるのかなぁ?ただの偶然?

誰か知ってたら教えて下さいニコニコ

 

道路ににべたーっと這いつくばって五体投

地をする姿には心を打たれる。

 

ちなみにこの人たちはみんなポタラに向か

って五体投地してる。

 

めちゃくちゃ画質が悪くて申し訳ないけど

五体投地をしている所。

 

マニ車を廻しながらコルラするおばあちゃん。

 

このカラフルなエプロンみたいなのは、

既婚女性だけが身に着けるんだって。

 

雪の降る中ポタラ宮へ向かう人々。

この人たちは腰に赤い紐を付けてるね。

 

地方から来た巡礼者かな?

この人たちは青が素敵〜キラキラ

 

千年以上の歴史を持つ大昭寺(ジョカン)

はチベット人なら一生に一度は訪れたい

と願う寺。

 

ジョカンをコルラするおばあちゃんたち。

左のおばさんみたいに片方の肩だけ出

したり、

 

左の男性みたいに両方の肩を出してローブ

の上半身の部分を腰の所で留めたりする着

方もよく見た。気温に合わせてこうやって

調節してるんだって。

 

ラブラブ五体投地中チュードキドキ

 

カムパ(カム地方のチベット族)はチベッ

ト民族の中で最も勇敢な戦士達として知ら

れ、中国軍の侵攻に最後まで抵抗を続けた

たちで、ダライ・ラマの親衛隊でもあっ

だって。

 

黒または赤のダシェーと呼ばれるハチマキ

みたいな髪飾りを付けているのが特徴。

 

撮らせてもらった。かっこいい~ラブラブラブラブ

 

後ろはこんな感じ。

 

大きなマニ車を廻しながらコルラする

おばあちゃん。

 

ダブルマニ車!!

 

これは何族の人なんだろうね?

 

無駄に長〜い袖もチベットでよく見たけど

どういう意味があるんだろう???

 

この人たちもみんな袖が長い。

 

チベット仏教徒が殆どだと思ってたら

モスクもあったよ。

 

ムスリムがいっぱいいた。

 

みんな同じような服装だね。

 

このおじいさん素敵だったキラキラ

 

標高4700メートルにあるナムツォ。

世界で一番高い所にある塩水湖。

 

ここで会った女の子たち。地方だとまだ

民族衣装の若い子も居るのかな?

でもこんな辺鄙な場所でも普通に携帯鳴っ

てたよびっくり

 

 

お金を払うとヤクに乗って写真を撮らせて

くれる。

 

帽子が特徴的。

 

お土産を売りに来た女性。

カムパかな?装飾品がきれいだった。

 

帽子を被ってるお年寄りが多かった。

 

こう言う帽子がたくさん売られてたよ。

 

おじいちゃんたちみんな帽子が似合う!

 

 

 

 

エベレストベースキャンプへ!

 

オシャレな二人。

 

胸元には若い頃のダライラマの写真があっ

て驚いた。見つかったら大変なことになる

のに勇気のあるおばさんだ。

これがチベット内で見た唯一のダライラマ

の写真だった。

 

チベタンの女性は赤珊瑚やターコイズ、

シルバーのアクセサリーを好むそう。

上のおばさんのもそうだね。

 

 

このピアス?私も欲しい❤️

 
 
以上三枚画像お借りしています。

 

私もチベタンに影響されて旅の間はターコ
イズのピアスとペンダントと指輪をよくつ
けてたな〜。

 

 

あ〜〜チベットの民族衣装ほんっとに

かっこよかったし素敵だった照れキラキラ

 

 

いつかまた訪れる時には、もうみんな

洋服になっちゃってるのかな・・・

 

 

昨日おじぃ貼り付けるの忘れちゃった笑い泣き

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今までで一番しんどかった職場の話。

 

また昨日のポジティブガイダンスの話

なんだけど、

 

 

私が最初にその英語保育園で

「ポジティブガイダンスを取り入れてます。」

って言われた時、

 

 

うぇええええええ??滝汗

 

 

って思ったの。

何でかと言うと、その一つ前の職場は

外国人経営のインターナショナルスクール

だったんだけど、そこでもポジティブ

ガイダンスを取り入れてたから。

 

 

生徒が殆ど日本人の日本人経営のインター

ではなくて、外国人の生徒がメインの

“本物”のインターで働くのが夢だった私は

採用が決まった時は大喜びだった。

 

 

仕事が始まってすぐにポジティブガイダン

スの研修があって、Don't やNOは使わない

などの説明を受けた。

 

 

それだけなら別に問題ないんだけど、

 

 

そこのインターでは、

 

子供の悪い行動は全て無視して、

 いいことをした時に思い切り褒める。」

 

って方針で、

 

 

校長に園児の問題を話しても、

 

Ignore it!!!ニコニコ


って笑顔で言われるだけ。

 

 

駐在員のお金持ちの子供ばかりで

お迎えはフィリピン人のナニーが来るみた

いな子が多くて、ま~ナニーに対しても言

いたい放題やりたい放題で威張りくさってて、

 

 

常に自分が先生に一番に注目されてないと

気に入らなくて、他の子を手伝ってると

腕組みして

「もうっ!なんでこっちに来ないのよ!」

ってキーッ!!ってキレて泣き叫ぶ

まるで女王様のような4歳の女の子とか、


 

 先生の髪を引き抜いたり唾を吐いたり

する5歳児もいたのに、

“悪い行動は無視しろ”が方針だから、

それに対して叱ることもできないわけ。

 

 

その子は、公園に行く準備をしてみんな

が並んでる時に、一人列から飛び出して

教室中を走り回って、おもちゃや文房具な

どをひっくり返したり投げまくったりしてて、

 

 

もしかしたら発達障害があるのかな?

って思ったけど、園長に相談したら

 

「NONONONONO.指導が悪いだけ。」

 

って言われるし、

 

 

教室中の物をひっくり返した後でも、何の

お咎めもなく普通に公園に行って遊べるわけ。

 

 

どれだけ悪いことをしようが、自分の要求

は全て通る。そんなバカな話ある???



多分その経営者は子どもたちを“お客さん”

としか見てなかったんだと思う。

学費もめーーちゃくちゃ高かったって

聞いてるし。

 

 

子供がスクールで何をしようが親には

何も言うなって言われるし。

 

 

ほんっとにめーーちゃくちゃワガママで

すぐに拗ねる

ぜんっぜんかわいくない

○○ガキムキーッばっかりだったの。

(全員ではないけどね)

 

 

私が自分の生徒をかわいくないって思った

のは先生になって初めてだった!!

 

 

ポジティブガイダンスに話を戻すと、

 

 

それまで普通にDon'tを使って指導をして

きた私には、すぐにポジティブガイダンス

を習得するのは難しくて、

 

 

最初の頃に、遊び時間にお姫様の長い

ドレスを着て走ってる子が居て危なかった

から注意したんだけど、何度言っても聞か

ないから、うっかりポロッとDon'tが出ち

ゃったのね。

 

 

そしたら、ばあさん(経営者の母親)が

それを陰で見てて、後で事務室に来なさ

いって言うわけ。

 

 

行ったら紙を渡されて、そこには

 

 

「あなたは生徒にDon'tを

 使いました。

 これで警告1です。

 警告が3になったら

 あなたはクビです。」

 

 

って書かれてて、サインさせられたのゲッソリ

 

 

Don'tを使わないことがそんなに大事?

それだけで先生をクビにするの???

もっと大事な事あるんじゃないの??

 

 

そのばあさんは70代くらいだった

んだけど、さっさと引退して家で茶でも

飲んでればいいのにいつもその辺を

うろちょろしてて、目を付けられた私は

しょっちゅう個人的に指導を受けた。

 

 

前からいるネイティブの先生が

「Walking feet please!」って言ってたから

私もそれを真似して言ってたら、

 

 

「そうじゃない。Would you mind using

walking feet?って言うのよ。」

 

 

って言って来て、えー?幼児に対して

そこまで丁寧な言葉を使わないといけ

ないの???って思った。

 

 

私の話すことを全てチェックされてる

んじゃないかとか、

何をしてる時も常に監視されてる気がして

緊張の連続だったし、どれだけ生徒が悪い

ことをしても指導出来ないし、めーちゃく

ちゃストレスだったチーン

 

 

ほんとにすぐ先生をクビにするスクールで

私と同時に入って同じクラス担任だった

アメリカ人もたった一ヶ月で

「あなたは能力がない」ってクビになって

 

 

元々アシスタントで雇われてた私が

次の先生が入ってくるまで(その人も

私が辞めた後すぐ辞めた)殆ど一人で

そのめちゃくちゃなクラスを見ないといけ

なくなって、

 

 

私ももうイヤでイヤでイヤでイヤで、

3ヶ月の試用期間が終わった時点で

「無理です、辞めます。」って辞めた。

スクール側もどうぞどうぞ、って感じ。

 

 

だからポジティブガイダンスはトラウマ

になってて、その次の職場でもやってる

って聞いた時に

 

 

うぇええええええ??滝汗

 

 

ってなったわけ。

 

 

でも、次の英語保育園ではネガティブな

言い方をしてしまったからと言って

警告を受けたり、叱られたりする訳では

なかったし、

 

 

たまにDon'tが出ちゃったら

 

「オ~!!!今Don'tって言っちゃった

 よ~~~!!!びっくり

 

「あーーーっ!!◯◯先生言っちゃった

 ね~~~爆  笑

 

って先生同士でからかったりしながら

やってたから全然苦痛じゃなかった。



あと、前のインターの子どもたちが酷かっ

たのは、ポジティブガイダンスのせいでは

ないってわかった。



家庭で相当甘やかされてる上に、スクール

でも何やっても注意されないからあんな風

になっちゃったんだろうなと思う。

 


だって、英語保育園の子どもたちはとって

も素直ないい子たちに育ってたからね。


 

あーーーーそれにしてもあのインター

はほんっとに地獄だった笑い泣き

3カ月でボロボロになったわ私。

 

 

そこをボロボロで辞めた後、次の仕事

まで三週間あったからミャンマーに

行ったんだけど、

 

 

ミャンマーの優しさがあの時の私には

ピッタリ来て、めーちゃくちゃ癒されて

帰って来たチューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄

 

 

あの時インドに行ってたら更に

ボロッボロになってたかもね・・・笑い泣き

 

 

ミャンマ―の小さな学校の子供たち。

 

 

チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄

 

 

Amazonprimeでまた古いインド映画を見

たよ。1954年のBOOT POLISHって言

う作品。字幕はまためちゃくちゃだった!

 

すっごく意地悪なおばに育てられてる

貧しい兄妹が、おばから物乞いを強いられ

てて、そこからお金を貯めて靴磨き屋にな

ったけど途中で兄妹ははぐれてしまい・・・

 

 

って話。

すっごくじーんと来る、感動的な兄妹愛の

お話だった。

 

 

しばらくインドに行ってないけど、多分

70年近く経った今でもこう言う子供は

いくらでも居るよねぐすん

 

 

次は新しいインド映画を見ようかなキラキラ

 

子供への言葉がけ・ポジティブガイダンス

 

今日は旅のお話じゃなくて、幼いお子さん

が居る方向きのお話です。

 

 

以前勤めていた英語保育園で取り入れて

いた、私がいいなぁと思った

“ポジティブガイダンス”について書いてみ

ようと思います!

 

 

ポジティブガイダンス、ってググると

どうやら言葉がけの事だけじゃないみたい

なんだけど、私が園から指導されて実践

していた言葉がけに絞って書いてみます。

 

 

子供に対して、

「〇〇しないで!」「〇〇したらダメ!」

「〇〇しなかったら、△△できないよ!」

って、ないないないない、ネガティブな

表現を気が付かずに使ってる人は多いと

思ううーん

 

 

園児の保護者達の子供への話しかけ方、

街中や電車の中での親の話しかけ方、

 

 

よく公園で一緒になってた別の保育園の

保育士さんの話しかけ方を聞いていると、

まぁ〜ネガティブな表現ばかり聞こえて来

る。

 

 

話し方を変えるのってなかなか難しいもの

で、ポジティブな表現を使うのは相当

意識して訓練しないと出来ないものアセアセ

 

 

どうやってポジティブな表現に変えるか

と言うと、いちば~~~ん基本なのは、

 

 

英語だとDon't Can'tNo◯◯◯

No hittingとかNo runningとか)

は使わない。


 

慣れるまでは難しいかもしれないけど、

やって欲しくないことを「やらないで」

と言うのではなくて、その代わりに

「じゃあどう行動して欲しいのか」

の方を伝えるって意識すれば簡単。

動機づけも、ポジティブな言葉を使って。

 

 

具体的にどうやってポジティブに変換する

か例を挙げると、

 

 

電車の中で

うるさい!大きな声出さない!!」

右矢印(ささやき声を使って)

「電車の中では 小さい声で話して。」

 

 

横断歩道で子供が先に行ってしまい、

「危ないから先にかないで。」

右矢印「危ないからママと一緒に行って

  ね。」

 

 

「こら!騒いでたら公園行かないよ!!」

右矢印「静かに待って居られたら公園に行け

  るよ。」

 

 

降園時グズグズしている子供に

「早くして。靴履かないとおうちに帰れな

 いよ!お腹空いちゃうよ。」

右矢印「靴履いたらおうちに帰ってママと

  美味しいご飯が食べられる。」

 

 

園児とお散歩中、お花屋さんの前で

「お花は触らないよ。」

右矢印「お花は見るだけだよ。」

 

 

公園で遊ぶ時

「公園の外には出ないよ!」

右矢印「公園の中で遊ぶよ。」 

 

 

机に座ってる子が居たら、

「机に座らないよ!」

右矢印「机から降りて座る時は椅子

  に座るよ。」

 

 

室内を走っている子が居たら

「お部屋の中は走らないよ!」

右矢印「お部屋の中は歩くよ。」

 

 

ランチを食べないで遊んでる子が居たら

「ランチ食べなかったらデザート食べられ

 ないよ!」

右矢印「ランチ全部食べたらデザート食べら

  れよ!

 

 

「ご飯いっぱい食べないと大きくなれ

よ。」

右矢印「ご飯いっぱい食べたらパパみたいに

  大きくなれるよ。」

 

 

「ママが一生懸命作ってくれたお弁当残し

 たら、ママ悲しいよ?」

右矢印「お弁当全部食べたらママ嬉しいね!」

 

 

読み聞かせの時に一人だけ前に出てきて座

っていたら、

「〇〇ちゃんがそこに座ってたら、お友達

 が見えないよ。」

右矢印「〇〇ちゃんが後ろに下がったら、

  お友達が見えるね。」

 

 

「泣いてたら先生わかんないよ?」

右矢印「泣き止んでお話してくれたら先生

  わかるよ?」

 

 

お昼寝の時間に遊んでなかなか寝ない子に

寝ないと午後元気に遊べないよ。」

右矢印「しっかり寝たらまた午後元気に遊べるよ。」

 

 

などなど。

 

 

伝えたいことは同じなのに、聞こえ方は

全然違うでしょ?それならポジティブな

表現を使った方が気持ちがいい~キラキラ

 

 

ダメ!とか強い言葉で叱らない

ポジティブガイダンスって「甘い指導法」

なんじゃないの?って印象を受けるかも

しれないけど、

 

 

ガミガミと大きな声でネガティブな表現を

いっぱい使って叱ったり、罰を与えたから

と言って「ちゃんと躾をしている」訳でも

ないと思うのね。

 

 

以前働いてた普通の日本の認証保育園

では、園長が先頭を切っていつも

「いけない!!!したらダメなの!!」

って強い口調で叱ってたから、私もそうい

うものなのかと思って真似してたけど、

 

 

ポジティブガイダンスをやり始めてから

な〜んだ、あんな言い方する必要全くない

じゃん!!って思った。

 

 

ポジティブガイダンスで保育された園児さ

んたちが、ルールを守ってお友だちに優し

く接することが出来る子供にちゃんと育っ

てたって言うのがその証拠。

 

 

もちろん、

ポジティブガイダンスが100%効果的で

完璧だとも私も思ってないし、

やってみて「合わない」と感じればやる

必要は全然ないと思う。

 

 

でも、私が4年間100人以上の子供たち

とポジティブガイダンスで接してきた結果、

 

 

ネガティブな言葉や表現が飛び交わない園

やクラスの雰囲気がとってもいいなぁって

感じたんだよね。

 

 

もちろん私だって園児に対して

ふんが~~~~っムキーッムキーッムキーッメラメラメラメラメラメラ

ってものすごい腹が立つこともあった。

にんげんだもの!

 

 

でも、そう言う時でさえ、

「ええとええと、ポジティブだと何て言え

 ばいいんだっけ?」

って考えるだけで、少し冷静になれて一呼

吸置けるし、

 

 

受け手の子供たちもきっと、ダメダメない

ない言われるよりもイヤにならないはず。

お互いストレスが減ると思うよ。

 

 

仕事で<園のルール>として他人の

子供に対してやっていた私より、

 

 

パパママが自分の子供にポジティブガイ

ダンスを実行するのはもっと難しいと思う

んだけど、面白そうって思った方は是非試

してみて~。難しいよ~~(笑)

 

 

一つ気になるのは、ポジティブガイダンス

は全然日本で浸透してないから、

卒園児たちが小学校に入ってから

先生にきつい言い方をされた時に

ガーーンガーンってなってないかなってこと。

 

どうなんだろね・・・・???うーん

 

 

インド・ラダックのこどもたち

 

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初めてのインドの結婚式、そして帰国。

 

インド、コルカタの名物インド人サトシの

Zoom配信が9月12日、19日(土)に

あります。今回はワンコインですコイン

興味のある方は是非見てねニコニコ

 

 

チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄チューリップ黄

 

 

 

2006年1月、私が29歳の頃のインド

旅の話です。

 

 

インド最終日。

宿で仲良くなった大阪のまさしさんと

小汚い食堂でプーリーとサブジを食べた。

(このお店ももう無くなっちゃった。)

 

まさしさん絵になる~~~。

 

これ、私の大好きな写真。まさしさんが撮

ったおじいさんの写真をデジカメで見せて

る所なんだけど、おじいさんがかわいくて

チュー

 

本当は8:00にサダルを出る予定だった

のにダラダラしていたら10:00になっ

てしまった。

 

 

しまった、結婚式に遅刻しちゃうアセアセ

 

 

いつもスデシュナ宅にはバスかメトロで行

くんだけど、足が痛すぎてタクシーで行く

ことにした。

 

 

タクシーの中でコルカタの街の風景を眺め

ながら、やっぱり自分がインドに居る事が

すごく自然でピッタリ来るな~と感じた。

永住計画立てようかな。

(結局日本で落ち着いたね・・・あせる

 

 

11:30にスデシュナ宅に到着すると完

全に遅刻で、既にみんなフーグリー河(ガ

ンジス河の支流)までお祈りに行ってしま

っていた。

 

 

慌てて追いかけたけど、もう戻って来る所

だった。

 

 

女性たちは、舌を高速で左右に動かすと同

時に高音の音を出しながら帰って来てて、

面白かった。



どう説明したらいいんだろう?

レロレロレロレロレロレロレロ~~~。

って感じ(笑)

 

 

以前どこかの民族がそんな風にして音を出

しているのをテレビで見たことがあるな

~と思った。

 

 

そこから、ヒンドゥの神様が祀られている

お寺や、近所の家々を回って家に戻って来た。

 

 

今日は女性は外国人も含め全員サリーで着

飾って、男性も正装をしていたのに、私だ

け普段着で行ってしまって恥をかいた笑い泣き

考えたら当たり前だよね、結婚式だもん。

ちゃんと正装して行けばよかったと後悔あせる

 

ヒンドゥのお坊さんらしき人(左)がサン

スクリット語で何か言い、カク―(スデシ

ュナのお父さん)がそれを繰り返すことが長々と続いた。

 

スデシュナも色々な儀式をしていて興味

深かった。

写真はね、フィルムでいっぱい撮ってたん

だよね。今手元に無くてほんっとに残念あせる

 

 

一通りの儀式が終わると、移動してお昼ご

飯をご馳走になった。

これがまためちゃくちゃ美味しくて爆  笑

 

 

後からスデシュナの叔父さんが

 

 

「みんながSonokoはまるでベンガル人み

 たいに上手に手で食べるね、って感心し

 てたよ。」

 

 

って言ってた。

 

 

嬉しいけど、またガツガツ食べちゃったかな?てへぺろ

普段サダル周辺で食べてるような料理の

レベルと全然違うんだもん!!



インド料理ってこんなに美味しかったの

か!!って感動する美味しさキラキラキラキラキラキラ

 

 

ランチから帰ってくると、風邪を引いてい

るせいもあって少し疲れてしまった。

 

 

夜までは何もないから、寝てていいよ、

ってカク―が私の為にマットを敷いてくれ

て遠慮なく昼寝させてもらうことにした。

 

 

いつもカクーとカキーマのおうちに遊びに

行くと、ご飯を食べた後川の字で一緒に

グーグー昼寝したりしてて、本当の家族

くらい気を遣わなくていい家族チューリップオレンジ

 

 

私は19時には空港に向かわなくちゃいけ

なかったから、披露宴はほんの少ししか見

れない予定だった。

 

 

16:30頃急かされて会場に向かった

もののだ~~~~~れも来なくて、

椅子に座って延々と待ち続けることに

なった。

 

 

隣に座っていたカク―の知り合いの人が

話し掛けて来てずっと喋っていた。

 

 

「インドと日本の似ている所はどこ?」

 

 

って聞かれて、

 

 

「え~~~、面白い質問だね。う~ん。

 う~~ん。」

 

 

っていっぱい考えたけど、出て来たのは

 

 

「若い女の子が携帯メールに夢中なこと!」

 

 

だけだった。

 

 

インドと日本の似てる所・・・・どこだろう??ある????

 

 

「次回インドに来たらうちの村に一週間

 必ず泊まりに来なさい。」

 

 

って言ってくれた。電気もない村らしい。

面白そう!!行ってみたい!!

いつもそういう村は列車の窓から眺める

だけだもん。

 

 

まだかな〜???私の出発の時間までに

披露宴は始まるのかな???

 

 

「何時から始まるの?」

 

 

と何人かに聞くと、

 

 

「もうすぐもうすぐ。」

 

 

「さぁ、17時か18時じゃない?」

 

 

って感じでバラバラ。さすがインド。

 

 

18:30を過ぎてもスデシュナが現れな

くて、親戚の人が

「時間がないから先に食べてなさい。」

って私を食事会場に連れて行ってくれた。

 

 

これまた超ご馳走キラキラキラキラキラキラ

お腹一杯になって18:50に下に降りる

と、スデシュナの着付けが終わって座ってた。

 

 

わ~~~~~~きれい~~~~爆  笑

 

華やかだな~~。

 

慌ただしく一緒に写真を撮って、お別れを

して、空港に向かった。

 

 

初めてのインドの結婚式は、殆どご馳走を

食べてただけだったなゲラゲラ

でもちょっとでも立ち合えてよかった。

 

 

今回はたった3週間の旅だったのに、まる

で2ヶ月くらい旅していたような気分に

なるくらい充実していた。

 

 

今回で7回目のインド。ますますインドが

好きになっちゃったラブラブラブラブラブ

インドなしの人生は考えられない!!

あーまた早く行きたい!!!

 

チューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジチューリップオレンジ

 

 

マハーバリのネパール人、クリシュナは

オーナーと揉めた一週間後には無事ネパ

ールに戻ったよ。

 

 

その後も好きだ、会いたい、ネパールに来

て欲しい、と何度もメールがあって、

いや~クリシュナとは絶対付き合うとかな

いからな~、でもすっごくいい友達だしな

~~と迷って、

 

 

3カ月後の春休みにネパールに向かった

のでした。行くんかい!!

 

 

この時のネパールの旅、この後書こうかな

と思ってたけど、やっぱり手元にある写真

がすごく少ないからどうしようかな~

と思ってます・・・うーん

 

 

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