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今日のテーマは「サンフレッチェ広島の新スタジアム誕生 その2」
今回は、チームの歴史について。
サンフレッチェ広島は、1938年に創設されたマツダサッカークラブを前身として、1992年4月に設立されました。
「サンフレッチェ」のクラブ名は、広島の戦国大名である毛利元就の故事「三本の矢」にちなみ、数字の「三」とイタリア語で矢を表す「フレッチェ」に由来します。
93年のJリーグ発足以降、2003年と08年の2シーズンをJ2で戦ったものの、いずれも翌年にはJ1に復帰しています。
また、歴代の選手の中には、Jリーグ開幕当初から活躍し、現日本代表の監督を務める森保一氏が在籍。
その後、監督としても指揮を執り、 クラブを3度(12年・13年・15年)の優勝に導いており、実力・人気ともに兼ね備えたこの時期には集客を伸ばしていました。
そして、J1初制覇して以降、サッカー専用スタジアム新設に向けた機運が高まり、議論が本格化していきました。
ただ、それに前後する期間ではクラブとしての平均入場者数、営業収入はJ1平均を下回る状況が続きました。
リーグ戦ホームゲームの平均入場者数が振るわなかった主な要因は、これまでの本拠地「エディオンスタジアム(広島広域公園陸上競技場)」の立地条件にあったとも考えられます。
1994年のアジア競技大会のメイン会場として整備されましたが、広島市の中心エリアから遠距離にあるため、来場者の多くは車を利用せざるを得ず、会場周辺の駐車スペースの問題もありました。
また、市街地からつながる新交通システム「アストラムライン」も混雑が続き、アクセス・利便性がネックに。
さらに、スタジアム内のフィールドは、陸上競技用トラックの中にあるため、観客席から距離があり、臨場感に欠けていました。
その影響もあって厳しいクラブ運営が続き、直近では2023年度決算で債務超過に陥る可能性が高まっていた状況。
その回避策として増資を計画し、2023年7月にサンフレッチェ広島が実施する第三者割当増資の大半を、家電販売を展開する地元大手「エディオン」が引き受けることに。
これによりサンフレッチェ広島はエディオンの子会社となり、債務超過となる可能性は極めて低くなりました。
次回は、スタジアム運営について。
ほはば飯塚