「知性のない愛情には意味がない」とは断言できると思ったからしたが(とはいえ証明できないけどね)、ここから先は俺の想像の話。

愛情なんてものは本当に存在するのだろうか?

俺は存在しないような気がする。

上の「知性のない愛情には意味がない」と気づいた後の発想だが。

何もひねた反抗期の子供のような、マンガによくいる人に裏切られた悪に染まった男のようなことを言いたいのではない。

愛情とは、感情ではなく理性ではないのか?ということ。

感情、つまり怒りや悲しみ、喜びのように自然と湧き上がってくる本能のようなものではなく、意識して身につけなければならないものではないか?ということ。

なんかそんな気がしてきた。

大学の授業で聞いたのだが「母性本能」も存在しないらしい。「母性」とは、本能では無く理性らしい。

それなら、愛情だって存在しなくても不思議ではない…………というのはちょっと無理があるか?

しかし、虐待をする親の報道が絶えない昨今、もはや「子供を愛さない親なんていない」という言葉はただただむなしい。

虐待をする親にもいろいろな理由もあるだろうが、どんな事情にせよ、人それぞれの事情に応じて、愛情の注ぎ方というものを、「自然にわいてくる」などと思わず、そこに合理的思考と確かな知識が必要なのではないだろうか?

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