坂東 玉三郎 語録
( 1950年、東京都生まれ。 歌舞伎役者、女形五代目• 重要無形文化財保持者[人間国宝] )


🌼伝統芸能であろうと近代のものであろうと、お客様が「生きていてよかった」という時間を過ごして貰う事が意味だと思います。
そういうものを舞台でお見せする事が、私達の使命だと思っています。


🌼本当の核心は無意識の中にあるというか、言葉にすると歪みが出ると思います。だから、ある意味では話をするのが面倒くさい、というところがあるようです。


🌼見る側の為に伝承がある。決して演る側の楽しみじゃなく、いかに内容をハッキリわからせ奥深く見せるかの為の伝承を、大切にしていきたいと思いました。


🌼美の基本は、やはり丁寧でなければなりません。


🌼力技で他人と対さないという事 が、日本人ならではの柔らかさだと思います。他人への気づかいであり、優しさであり、また所作が丁寧である事も柔らかさに繋がるのだと思います。


 🌼所作だけを最小限やるような稽古と、没入して振り切れてしまったような稽古を両方やっておいて、その中間の所にサッと降りて、本番の舞台をやるのです。


🌼綺麗に立ち直るというのは すごく力が要る。醜く堕ちて行ったものを、次の幕でもう一度綺麗に再生するのは、凄く大変です。精神的にも肉体的にも。


🌼伝統芸能を引き継ぐ意味というのが、ここで答えられるのであれば追求する必要もないですよね。引き継ぐ意味というのは言葉では言い表せません。


🌼難しかったのは、凄味を出すということです。「凄み」と「頑張る」というのは違う。
結局ボクはまだ若いですから、声を安易に使うと軽くなる。それが難しいのです。


🌼自分の作品とか批評、写真に対して割と客観的なんですね。だから、凄くさめているんですけど、時には自慢ぐらいしなくては生きていかれないと、自分で褒めたりしてるんです。


🌼進歩するには背伸びも必要でしょうね。ちょっとずつ背伸びして、その時の自分よりも装って発言したり、行動する。そして次にその背伸びが、嘘でないように努力する訳です。


🌼世の中の大勢と足並みを揃えられない場合には、世の中じゃないものになるしかしょうがないじゃないですか。自分が自由になって、自由な所に脚をおろす。


🌼型破りな演技は、型を知らずにはできない。型を知らずにやるのは形なしというのだ。


🌼遠くは見ない。明日だけを見る。
🌼遠くを見ると、足元が疎かになるかもしれません。


🌼会うことも会話もできない中で伝わるものが、魂なのではないか。


🌼協調性ゼロといった方がいいかもしれない。だから学校で困りました、協調性がないって事で( 笑)


🌼昨日言った事が本当か、今日言った事が本当かじゃなくて どちらも本当なんです。


🌼「便利」っていう言葉をちゃんと吟味した方がいいと思う。使わない方がいいと思う。「スグレモノ」という表現を使いたい。


🌼御師匠様は「貴方の工夫でしなさいよ」と言いながら、教える時はキチンと教えて下さいました。


🌼この歳になると、闇が闇でないと嫌だと思うようになる。東京の必要以上の明るさは不自然だし、不健全です。


🌼🌼🌼後記
「こと花」へようこそ。
ありがとうございます。
玉三郎さんの言葉は次元が違い過ぎて、時々捉え難い時があります。常人が入り込めない程の、一つ一つの動きに対する厳格な稽古や精神修養を経て得た歌舞伎道の極み。女形、それは美しいんですが、動作はキビキビしていて、精神的にもまるでスッキリ立っている竹のように、しなやかでかつ強靭ささえ感じます。時代に時代を継いで受け継がれ、繋いできた伝統芸能の演技役者達の集約と歌舞伎役者個人の個性とが相まって、観客を魅了する芸術が作りあげられる。その過程の努力と成果の絶大さは、この小さな脳みそでは想像がつきません。