開拓魂 | さきっちょ美人は幸運体質

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北海道せたな町生まれ私。
母方の曾祖父は四国の徳島から北海道に渡った開拓者

何がきっかけで北海道に渡ることになったのか、
の話は聞いてませんが、
北海道の田舎にきて何もない原野を切り開いた開拓民の人々。
その”開拓魂”
その時の曾祖父の夢や希望や忍耐力など
自分なりに時々感じ
ふと日々の暮らしの中で想う時があります。

北海道開拓当時、そうとう苦労があったと思うのです。
私のかすかな記憶では曾祖父の最初の家は古い薪ストーブで皆で暖をとって
新巻鮭が天井からぶら下がってました。

床はコンクリートを流した土で、外とほとんど変わりません。
冬になると隙間風が入り、しばれます。
なんてったて寒い。
当時は冬になればマイナス20度にも30度にもなったようです。
よくそんなところでほんと、冬を越せたな~と感心します。

同じ小さな土地で住む者同士が互いに助けながら暮らしていくのが当たり前の時代。
モノをぶつぶつ交換しながら生活してたと。

当時、明治政府が毛糸を買ってくれるので北海道へ入植した人は羊を育てて
それを持ってお役所へお金と交換しお米や味噌、塩を買ったという。
私の母も覚えてました。
子羊のお世話をしてたと。

羊も馬も牛も猫も犬も鶏も全部家族として一緒に生きてました。
そんな暮らしの中でアイヌのある家族の方が曾祖父の家の離れ(作業小屋)で
暮らしてた時期があったと。
農家をやってたので、知り合いのいない土地で困ってた方を
無視することが出来なかったと、
共に暮らし、お互いに良い方向にと
厳しい自然の中の生活を助け合ってたと聞いてます。

当時、明治以降に入植した人たちがほとんどなので、
先祖代々の屋敷を持つ名家も存在しない。
そのため排他的なムードがありません。

人が人として生きていくために
家族のために食べていくために
今、何が出来るかを必死に考え日々労働する。

一日を暮らすのに必死だった開拓者の祖先の魂が
時々、私の心を灯します。

今、自分の中の「さきっちょ」開拓魂がふつふつ。
もう少しゆっくり出来ればと頭では思うのですが
さきっちょの転ばない世界のキラキラした未来を夢見て
妄想であたまいっぱいです。

日本中で足のトラブルの方へのさきっちょ足話会や
さきっちょの靴下や作家とコラボのPOPUPイベントも沢山やりたい。
近いうちに海外でもPOPUPイベントしたい。

わたしの中の小さな開拓魂はあ~とまらない
いつもいつも”獣道”を自ら進んでしまうこの気質。

最近になってやっと少しだけ自分の気質と
うまく付き合っていけるようになってきた気がします。

カラダがストップをかけたら無理をしない
ちょっと立ち止まって人に頼る。
助けてもらう。

タイミングが良ければ、ちゃんと助けてくれる人が現れてくれる。
そして上手くまわっていくように世の中そうなっている。

さきっちょ開拓魂
まだまだ成長途中です。

11月11日でさきっちょ実店舗5周年。

応援して頂ける皆さま
どうか今後とも見守って頂けますよう”さきっちょ”よろしくお願いいたします。