インクルーシブとか合理的配慮とか、ハンディキャップと言われる人達も過ごしやすい環境作り。ユニバーサルデザインとか、誰にとってもプラスになるようなアイデアやものづくり。

叶えば素敵なことですよね。

叶えるための利用児童数や面積、支援員配置などといった放課後児童クラブ設置基準なはずなのに…

ほとんど無視されているかのような、あって無いようなものとなっている現状と言っても過言ではありません。

また、保育士1人で子どもを何人みるかと同じように、そもそも支援員1人で何人の子どもをみるのが適当なのか考えられてないですよね。

定型発達児15人を支援員2人で見るのと、定型発達児10人と発達障がい児5人を支援員2人でみるのとでは、必要な環境整備も介入技術も全く違います。


筆者の放課後児童クラブの割合は後者に近いので、申し訳ないですが毎日カオスです。

保護者は自分の子どもが他の子どもと揉めたり喧嘩したりすることを嫌いますよね。

それはそうなんです。親ならば当たり前の心理かと思います。

しかし、そんなことは無理です。発達障がいの種類や程度によってはなおのこと。



シンプルな鬼ごっこをしたい。

みんなでルールを確認して始める。

集中力のない子どもが勝手に遊びから抜ける。

始めにルールを確認したはずなのに、10分経たずに追加されるルール、変更されるルール、理解力が未熟でついていけずに乱れる輪。

次第に増える指摘、やったやられた論争。責めて責められ泣き出す。

当然面白くなくなる。



声かけ、介入、提案、気持ちの代弁、やってもやっても埋まらない溝。仲良く遊べる世界線はどこにあるのか、本当に教えてほしい。

なぜ最初に決めたルールで遊びきれないのか。

いや、その理由はわかる。支援員はわかる。子ども達はわからない。

ルールを守れる子どもの悲しさややるせなさ、「なんであの子はちゃんとしてくれないの?」への正しい解答は何ですか。



みんなでお昼ごはんを食べましょう、おやつを食べましょう、外遊びへ行きましょう。

みんなのペースに合わせられない子どもに、数十分前から予定を伝えておく、促す、それでも揃わない足並み。

支援員の数が足りないので別行動というわけにもいかない。

ずっと待ってる子ども達。

待てることは良いことかもしれない。

でもそれが毎回でも、良いことだと言えるのか。待っててくれてありがとうで済ませて良いのか。



気持ちを言葉で伝えるのが苦手な子ども。怒りを自分でコントロールできない子ども。

時に奇声を、時に絶叫する子ども。

それが数時間おきにあったら。毎日あったら。

本人も辛いと思う。

こんな気持ちなんだねと代弁してあげたとて。

このような場面を毎日見る他の子ども達のメンタルは。時に怒りの矛先を向けられ、傷つく子どもへのフォローは。

「なんでこの子こんなことするの?」「あの子こわい、嫌。」への適切な解答は何ですか。



気持ちの切り替えが上手くできない子ども。

自分の主張と相手の主張が決して交わらない時、譲ることも諦めることも出来ない時。

悲しい気持ち、怒りの気持ちを数十分、1時間とめどなく溢れ続ける時。

どこまで傾聴すればいいのですか。いつまで側にいればいいのですか。どう声かけしてあげたら、その苦しい時間を短くしてあげられるのですか。



これらが発達障がい(神経発達症)と診断されているならまだしも、所謂グレーゾーンだとしたら。保護者が子どもに無関心だったら。何て言えば現状を理解してもらえるのですか。

知識のある支援員による"療育ではない日常生活の中での工夫"で済まない事態は、どう対応すればよいのですか。