ヨシュアは、年を重ねて老人になった時、主は言われる。

このとき、約100歳と推定されている。

「あなたは年を重ね老人になったが、まだ占領すべき地がたくさん残っている。」(ヨシュア記13:1)

人間的には、酷な言葉のようだが、年をとっても、神の言葉に、私達は奮い立つ。

神が求めていないのに、「わたしがやる。わたしでなければ・・・」と言うのは、いわゆる自己中心的な老害になるが、神のご計画であるのなら、やるしかないだろう。

 

わたしも、すでに66歳になるが、新しいことを命じられている。

ミッションホープをかたちあるものにするための牧師資格取得もその一つだ。

JTJ宣教神学校で通信生として学び始め、約9カ月になる。

本来2年コースだが、何とか1年での卒業を目指している。

当然のことながら、勉強は楽しく、ためになる。

多様な考え方や歴史等、基礎を勉強できる。

わたしは、社会人としての経験が長いので、それらが財産になっていることも事実だが、聖書や教会の基礎的な学習は、人を教えていく時に必要なことだと思う。

我流にならないように。経験主義にならないように。

そういう意味で、人生は、生涯学習の機会でもあるのだろう。

キリスト教の歴史、その人類共通の財産を吸収できるという事は、すばらしいことである。

神の教えを系統的に学ぶことは、楽しくためになる。

その上で、神から求められることを行っていく。

そして、神から訓練された自分の経験や見識を活かしていく。

それが、神が期待することだろう。

 

わたしの現在の立ち位置は、そのようなところだが、人生の展開は、わからないものです。

しかし、本やブログにも書きましたが、人生でやるべき大筋は、21歳の時に示されていましたが、当時は何のことか、さっぱりわかりませんでした。

また、52歳で、会社をやめた時、あるいは、56歳でキリスト教信者になった時、あるいは、2年前に本を書いた時も、今の具体的状態は、予測できていません。

これからも、そうなのでしょう。

皆さんも、それぞれの立ち位置で、神のご計画を歩まれていると思います。

一見単調であったり、動きがないときもあります。

また突然状況が変わる時もあります。

生きていれば、なかなか大変なのが人生ですが、ともに、神を信頼し、神に従って、一歩一歩生きていきましょう。

 

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