モーゼは、神から、イスラエルの民を連れ出せといわれる。

出エジプト3:11 モーセは神に申し上げた。「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」

3:12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。・・・


モーセが、「私はいったい何者」という気持ちは、よくわかる。

自分の存在の立脚点がわからない。

彼は、メデヤンで、妻子と幸福な生活を送っていた。

その彼に、とんでもない大指令がくだる。

わたしは、そんな器ではない。

くちべただ。民を率いるなんて、とても無理だ。

それに、わたしは、もう80歳だ。

しかし、神は「わたしはあなたとともにいる。」とおっしゃる。

このみ言葉が、すべての始まりである。

これが、キーワードであり、事実、神はそうなさる。

モーゼが、困難に直面したとき、この言葉が繰り返される。

それは、ヨシュアにいわれ、神に従うものに、神は言われ続ける。

そして、今は、イエスがおっしゃってくれる。

「わたしは、この世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)と。

私も、何度もこの言葉に、勇気づけられたことか。

みなさんも同じだと思う。

イエスが、ともにおられるのなら、何も恐れるものはないのだ。

聖書には、「神が私たちの味方であるなら、誰が私たちに敵対できるでしょう」(ローマ8:31)と

書かれてある。

神は、そのように約束される。

神は、約束を必ず果たされる。

モーセのように、人は「私とは何者?」と、思う。

私という存在への疑問。

しかし、神を信じた私は、「神がともにおられる私という者」である。

 

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