クリスチャン生活において、大事なのは、毎日毎日の生活だと思う。

教会は、やはり、クリスチャンだけの限られた空間である。

一方、毎日の生活は、多くの場合、ノンクリスチャンの中で、違った価値観の方々と共に、仕事をする。

一方、聖書には、「あなたはこのようにせよ。」と神から命じられていることがある。

その基本は、「わたし(神)を中心にして生きよ。」という事である。

それは、愛であり、寛容であり、あわれみであり、感謝であり、親切であり、謙遜・・・である。

これらは、隣人愛であり、それを現わしながら、良い影響を与えながら生きていきたいものである。

そうはいっても、現実社会は厳しい。

時間に追われる。売上を伸ばす必要ある。胃が痛むことも多いだろう。

眠れない。友達関係で悩む。・・・などなど、この世で生きるという事は、本当に大変だろう。

辛いことは多い。しかし、そんな時こそ、聖書は大事だ。

読む習慣は、短時間でも決してなくさない方がいい。

この世のストレスの中で、私たちは悩み、葛藤する。

神が求める生き方を貫くべきか、現実社会にある程度迎合すべきか。その他の選択肢はないか。

実は、そういうぎりぎりの世界での選択の中で、私たちは成長するのでないか。

そういう中で、必死に悩み、わらをもすがる思いで読んだ聖書。

そして受ける神の啓示。

この体験が、私たちをより深め、ぶれない心が一歩一歩造られ、真に成長させるのではないだろうか。

つまり、それが良い体験でなくて、悪い体験が襲ってきたとしても、その中で、私達が、どのように思い、人生を選択していくか、その一つ一つが、生きた経験になる。

その際、聖書に聞くことが、私たちを、正しく成長させてくれる。

神は「すべてを益に変えてくれる。」とおっしゃり、「耐えられない試練は与えない。」とも、おっしゃってくださる。

そう信じ、ピンチをチャンスに、現実社会を、よき試練の場と考えたほうが良いと思う。

また、当然、悩みを自分で抱え過ぎずに、神にゆだねる、あずけることも学ぶ必要がある。

この事も、聖書には書いてある。

つまり、聖書には、あらゆる状況に応じた対処の仕方が書かれているので、いずれにしても、聖書を通じて生き方を学ぶことができる。

だから、忙しい中でこそ、聖書を読み続ける事が、このつらい世の中で生きる上で、必須となるのだろう。

それが、神との関係を強める。

 

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