教会について、書いていこうと思う。

私は、社会的に困っている方々へのサポートをするように、神様から召しをうけ、活動を始めた。

私は、教会の役割として、福音と共に、困っている人への社会的行動も必要と思っている。

それは、一貫してかわらない。

しかし、教会は、福音ありきで、救いに徹するべきとお考えの方も多い。

あるいは、キリスト教社会派と言われる方々の働きもあり、教会によって、濃淡がある。

牧師の思いによって、濃淡の度合いが変わってくるのは必然だろう。

牧師も、それぞれの志が、神から与えられ、あるいは、自分の思いも融合させながら、教会の特徴が、かもしだされてくるのだろう。

従って、教会や牧師に、自分の聖書感によって、教会とはこうあるべきで、こうしてもらいたいと求めるのは、おのずと無理がある。

神は、無限であられるので、すべてのことが可能であるが、人間は有限であり、「あれもこれも」という事はできないし「すべてを兼ね備える」ことは、できない。

だから、それぞれの神から与えられた役割をはたすこと、それに真摯に、人生を尽くすことが何より、大切なことなのだろう。

私も、教会たるところは、こうあるべきだと思い、随分求めてもきたが、求めすぎるのは酷というものだろうし、前述のように、理にかなってもいない。

私が求め、そして悩んできたのは、救われた障がい者等の対応のことである。

残念ながら、教会の中での居場所が、なかなかつかめないのだ。

そして、定着しない場合が多い。

教会の人は、親切な方が多いと思うが、これらの少数派の方々が、なじめる場になっていない事も、事実としてある。

私も、過去、私の反省材料でもあるのだが、障がい者事業ホープで救われた方々の経験から実感していることである。

そこで、私が思い、神から示されているのが、他者に期待し求める事は、そろそろ止め、障がい者等に特化した教会を自分で立ち上げようという事である。

これについて、しばらくブログに書いていこうと思う。

 

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