神は、愛の方であるとともに、恐れるべきお方である。

ヨブ記の最後に、とうとう、神がヨブに語り始める。

ヨブ38章2

知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。

 

私たちも、論争の中で、多弁に自己主張を重ねていく時、そうなっていく傾向がある。

私の論理は、まさに小ざかしい、真理からは程遠いものになっていく。

私が、注目するのは、聖書に中で、とても珍しく、神が多弁に、おのれを語ってくださっている。

自分を具体的に開示される。

とても貴重な聖句の宝庫である。

この宇宙、この地、そしてあらゆる生命を造り、それに対する責任をすべて負われている神。

 

38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。

38:41 烏の子が神に向かって鳴き叫び、食物がなくてさまようとき、烏にえさを備えるのはだれか。

・・・

一方、私たちは、何も知っていないし、何も造っていなく、何の関与もしていない。

単なる無責任な評論家に過ぎない。

都合が悪くなると、神にさえ、批判の矛先を向ける。

つぶやき始める。

困ったものである。

それに対して、神は創造主としての圧倒的な存在感を示していただいた。

貴重な神自らの言葉で、語ってくださった。

そして、ヨブは心の底から神を知る。

42:2 あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。

 

私たちも、自己本位の気持ちが生まれ始めたり、プライドが芽生えてきたとき、あるいは自分が、苦しみ卑小なかわいそうな存在に思えてきた時、ヨブ記の神からの直接の御言葉を、読み返すべきだろう。

神は、すべてをお造りになり、支配し、すべてに愛情を注がれているかを、知るだろう。

私たちは、小ざかしいプライドを持ったり、あるいは自己憐憫に陥っている場合でないことを知るだろう。

このブログを読んでいただき感謝いたします。

一日一回クリックの応援をいただくと、とても励まされ感謝です。


にほんブログ村