約束、契約は、大事である。ダビデは、相当悪いこともしたが、過去に結んだ契約を守る姿勢は、見事であり、私達も学ばなければならない。

彼は、親友であるヨナタンとの契約を守った。

2サムエル9:1 ダビデが言った。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。」…

9:3 王は言った。「サウルの家の者で、まだ、だれかいないのか。私はその者に神の恵みを施したい。」ツィバは王に言った。「まだ、ヨナタンの子で足の不自由な方がおられます。」

 

ヨナタンの子、メフィボシェテは、足が萎えていた。そんな彼に、ダビデは「恵みを施したい。祖父サウルの地所をあなたに返し、あなたはいつも私の食卓で食事をしてよい」とまでいう。

それを聞いたメフィボシェテは、驚きのあまりこう言う。

9:8 彼は礼をして言った。「このしもべが何者だというので、あなたは、この死んだ犬のような私を顧みてくださるのですか。」

 

メフィボシェテは、素直に自分を「死んだ犬のように」思っていたのだろう。彼のみてくれを想像するに、さもありなんと私も思う。それが、思いがけない恵み。ラッキーだなーと。

しかし、それは思い上がりというものだろう。

考えてみると、私達も同じようなものでないか。彼と私も同じ「死んだ犬のようなもの」だったのである。

それなのに、神は私達に恵みを与えてくれた。神は、私を赦しておられる。神は、契約を約束を、決して破らない。覚えておられる。

何と感謝なことだろう。

自分は、少しはまともだろうと思ってはいけない。人を見てくれで判断してはいけないという教訓も、この聖句にはある。

 

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