障がい者支援事業所ホープを運営する中で、私が心がけていること、そして職員に伝えていることを、お話しします。

私たちは、利用者に聖書的な意味で仕えることが求められる。

障がい者である利用者は、私達スタッフに期待している。

自分に関心をより持ってもらいたいと思っている。

人から期待されている、頼られている立場にあるという事は、とてもありがたいことだ。

その期待に応える責任がある。

応える喜びや、やりがいがある。

それは、お金による労働の対価をいただくことを超越した価値があると私は、信じている。

従って、ベストを尽くそうと思う。

 

利用者は、私達がどういう思いで、自分たちと接しているか、感覚的につかんでいると思う。

私達に期待し頼るが、私達が単なる仕事として接しているだけと感じた場合、彼らは失望する。

一方、仕事としてやっているだけだと、思っていたのが、この人は、それを超えて、私と真剣に関わってくれている、と知った時、彼らの喜び、信頼へと変わってくる。

そういう意味で、私達の毎日の仕事、仕事に傾けるスタンスは、とても重要であり、また、私達を成長させる。

 

私は、数年前、ある研修会で、生徒として参加していた時のことである。

ある40歳代の講師が、余談として、このような話をしていた。

「みなさんは、今の研修を受けている時は、本当の自分の時間とは思っていないと思う。私もそうだ。私は、家に帰って、水槽の中を眺めている時が、本当の自分の時間だと感じている。・・・」

彼は、比較的、まじめに教えていたと感じていた。また、授業中に少し、なごませる意図があったのかもしれないが、やはり、ふさわしくない失言だったと思う。

 

つまり、私達は、まさに、どんな時でも、今の時を大切に一生懸命生きているのであり、その研修会では、私は勉強に集中している、その時は、まさに私自身であり本当の自分の時なのだ。

そういう時に、本当の私状態ではない彼が、講師として私達に話しているとしたら、思いや情熱に欠けるし、それが私達に伝わってくる。失礼なことでもある。彼の為にも決してよくない。

 

私は、毎日、毎時間が大切な時間で、教会に行っている時、聖書を読んでいる時、祈っている時だけが、大切な時間とは思わない。

仕事をしている時、それが雑用や掃除であっても、同様に神から与えられた大切な時間なのだ。

そのように考え、毎日を過ごす習慣を、身につけたいものだ。

それが、自分自身を成長させるとともに、事業所で働く利用者や関係者に、真に良い影響を与えることになると思っている。

 

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