自分が、21歳の冬に、大切なアルペンスキー競技大会で、転倒し、片足のない人の幻が浮かびました。今から、40年以上前です。

ブログでも、何回か書いています。

それは、とても大切な大会だったので、がっくりしてコースアウトして、たたずんでいる時に、はっきりと浮かぶ。その瞬間から、体育会系の人間から、「人間とは・・・、人生とは・・・」を考える文化系(哲学思考)に切り替わる。

そして、紆余曲折をはかりながらも、56歳でクリスチャンになり、同時の弱者支援に目覚め、活動を開始する。そして、しばらくして、40年以上前に見た神からのサイン、幻の意味を、はっきりと神から啓示される。

まさに、今の障がい者支援の取組そのものではないかと。

神の、私にたいするご計画は、少なくとも40年前には既にあることの証左であり、おそらく私が生まれる前からすでにあるかも知れないと思うようになった。

 

それは、エペソ1章4節に書かれているからです。

すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

 

この聖句は、朝のお祈りの時に「天のお父様ありがとうございます。世界の基が置かれる前から、わたしを選んでいただき、愛していただき感謝です」と、この数年は、毎日のように唱えていました。

この聖句は、驚くべき聖句です。なんと、宇宙(少なくとも地球)ができる前から、私を選んでいたという、感謝極まりない事実だからです。

そんな人間的な感覚では、とても信じがたい関係がクリスチャンと神との間にはあるのですから、「クリスチャンあるいは、未来のクリスチャンには、必ず神からの召しのサインが送られている」というのが、私の考えであり、実体験でもあるので、その事を是非、知ってもらうためにも、本を書いたものです。

「死ぬまでに必ず聖書を読んでおく必要性」は、表題から、クリスチャンになっていない方対象と思われがちです。もちろんそうなのですが、既に聖書を読んでいるクリスチャン向けにも書いています。

自分がなぜクリスチャンになったのか、自分の神様からの召しは何なのか・・・、はっきりとは見出していない方が多いことも知り、ぜひ私の実体験を伝えたいと思い書きました。

自分の召しを知ると、確信を持った行動になっていきます。

 

クリスチャンでない方も同様です。

いつスイッチが入り、クリスチャンになり、召しが分かり活動を開始する・・・それは、神様だけは、はっきりとご計画を持っていて、時にかなって、私達に訪れます。

神は、愛をもって、私達をこの世に送り込んでいます。

また、神にえこひいきはないと、聖書には書かれています。

私も、56歳になって、やっとクリスチャンになりましたが、遅れたとか、これからやることは限られているとかは、全く思わないから不思議です。

永遠の視点が与えられたからだと思っています。

 

神は、とても信じられないことを、私たちに為してくださいました。

これらの事を、ともに信じて、共に求めていきましょう。

 

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