無給与・無報酬で働くこと

テーマ:

社会的に、弱い立場にある方のサポート活動を始めて、8年半になりました。

このような取組を行っている方も多く、クリスチャン関係者にもいる中で、私達の特徴とは、なんだろうと考えます。

私達の特徴は、NPO組織を立ち上げた私達夫婦が、無給与、無報酬で、働いているという事かなと思っています。

つまり、私達が立ち上げた組織からは、過去1円ももらっていない。

 

なぜそうしているのか。

私達は、とにかく、困っている方々のサポートをしたいという強い思いが生まれ(今から思うと、神からの促しであった)相談・サポート事業から始めた。

お金をもらうためではない。

その後、事業所に通われている障がい者からの悩み相談を受ける。

そして、福祉の名を借りた、本音は金儲けを主な目的とした事業所が、多いことが分かる。

大きなお金を求めなくても、生計を立てるために、福祉が好都合と始める方もいる。

これらを国からの給付金を狙いとした、障がいビジネスと私は呼んでいる。

 

この状態では、障がい者は被害者であり、食い物にされていると義憤を感じ、まともな事業所を造りたいとの思いが強まり、実際に立ち上げる。

結果として、国から給付金がおりてくる。

そのお金は、人件費、施設運営費等として使用することになるが、私達は、そもそも、困っている障がい者のサポートをするために立ち上げたので、私達へは使用しない。

私達二人は常勤しているので、二人分の人件費がかからないことは、それだけ、障がい者への支援が強化されることになる。その分、彼らの為の運営費、設備投資等へ運用できるからだ。

 

私達が、もしも月5万円といえども、もらうとなると、私達の志が崩れることになる。

つまり結果として、金額が少額であっても、自分たちの利益のために行っていることになると考えている。

労働の対価としての給与は、もらっても何も問題がなく、それが普通の世界なのだろう。

しかし、それでは、私達の活動への当初のモチベーションは大きく下がるだろう。

何のためにやっているのかわからない。

 

私達も、お金が充分にあったわけではない。

65歳の年金が入るまでは、過去の蓄積を使いながら、生活保護レベルのシンプルライフを継続してきた。

しかし、それで十分で、幸せであった。

私達がやりたいこと、神から命ぜられていることを行えるだけで、とても感謝している。

それを続けてきたことが、私達の誇りにもなっている。

それが、私達の特徴といえるのだろう。

 

そして、神様から、当初は全く想定していなかった、たくさんの祝福をいただき、重ねて感謝です。

 

もし良かったら、クリックしていただくと、とても励みになり感謝です。


にほんブログ村 ←

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AD