今の、通読箇所が、マタイ書にもどり、3節のヨハネを読んでいます。

最近のブログで、神との信頼関係について、私が考えていること、果たして、私は神を本当に信頼しているのか、さらには、神は私達を信頼しているのか・・・を考えてきました。

そういう時に、ヨハネに会います。

 

イエスは、ヨハネからバプテスマを受けるために、ヨハネのところに来られた。

ヨハネは、当然の思いとして

14節

「私こそ、あなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたが、私のところにおいでになるのですか」という。

ヨハネは、人間としての自分をわきまえており、神であるイエスの別格さ、すごさをよく認識している。つまり、人間として最高のレベルで、神を信頼している。

 

しかし、一方、神であるイエスの返答もすごい。想定外の回答がある。

15節

ところが、イエスは答えて言われた。

「今はそうさせてもらいたい。このようにして、すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです。」

この返答は、こう書いてあるから、私達は理解するが、もしも、「回答を考えて見よ」と出題されたら、おそらく、誰も答えられないほどの、想定外の回答だと思う。だから、聖書には、ところが

と筆者も書いたのであろう。

 

イエスは、何と神として、最高のレベルで、ヨハネを信頼していた。わたしたちにふさわしいとまで、言ってくださっている。なんというヨハネ。

彼が、後日獄中で、イエスについて、悩み始めてからも、彼への評価は変わらない。

彼は、その当時、人間としてやるべきことは、100%行ったのだ。

 

神から与えられた召しを、よく認識し、神を信頼し、ただひたすら実行したヨハネ。

それをよく理解し、ヨハネを全面的に信頼した神、イエス。

 

神と人との信頼関係に改めて、敬服。

ヨハネに学ぶ。

イエスが、その後すべてを完了され、聖霊をいただいた私達の役割は大きい。

 

もし良かったら、一日一回、感謝です。

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